対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

北の若 大輔 (八角部屋・山形県酒田市)

北の若 大輔(きたのわか だいすけ)は山形県 酒田市出身、八角部屋の力士で最高位は前頭14枚目。令和8年9月場所の番付は東 十両6枚目。

酒田市立宮野浦小学校の3年次から地元の酒田相撲教室に通い始めて相撲の基礎を学んだ。4年次からは3年連続でわんぱく相撲全国大会に出場する活躍を見せ、4年次には全国3位、6年次には全国2位に輝くなど、早くから全国トップクラスの実力を誇っていた。

中学校卒業後は、さらなる高みを目指して相撲の名門である埼玉栄高校へと相撲留学する。3年次には高校総体の個人戦で優勝して高校横綱のタイトルを獲得したほか、高校総体の団体優勝、国体の個人・団体優勝、全日本選手権への出場など輝かしい実績を残した。

高校横綱の栄光と八角部屋入門

小学生時代に同部屋へ宿泊した際に大岩戸ら関係者に優しくしてもらった思い出や、8代八角(元横綱・北勝海)の師匠にあたる第52代横綱・北の富士の親族が酒田市で営むちゃんこ料理店で、北の富士本人から直接声を掛けられた縁から、八角部屋への入門を決意した。平成31年(2019年)3月場所に、北の富士にちなんで命名された「北の若」の四股名で初土俵を踏んだ。

鳴り物入りで角界入りしたが、すぐにプロの壁に直面する。序二段では大学出身の実力者や相撲未経験者の力士にも敗れ、高校横綱経験者が序二段で2敗を喫し、さらに2場所以上にわたり在位するという史上初の屈辱を味わった。三段目でも優勝決定の7番相撲で敗れるなど、もどかしい足踏みが続いた。

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プライドの呪縛とプロの壁

入門当初は差しに行ったり、変化気味に深い上手を取りに行ったりする安易な相撲が目立っていた。師匠の8代八角からは「高校横綱としてのプライドが邪魔をして、前に出る押し相撲の重要性を理解するのに2年かかった」と指摘されるほどであったが、部屋の厳しい指導によって次第に前に出る相撲へとモデルチェンジしていった。

前へ出る相撲に徹するようになると着実に星を伸ばし、令和3年(2021年)11月場所に念願の新十両昇進を決めた。酒田市からの関取昇進は史上4人目であり、入門の世話をした大師匠の北の富士からは「努力すれば普通に三役になれる」と大きな期待を寄せられた。

足踏みと北の富士からの辛口エール

しかし十両昇進後もプロの壁に苦しみ、実に11場所にわたって足踏み状態が続いた。北の富士からもその停滞ぶりを嘆かれていたが、令和5年(2023年)9月場所で勝ち越して翌11月場所でついに新入幕を果たした。酒田市からの幕内昇進は史上2人目であったが、入幕の報告を受けた北の富士からは「遅い」と辛口の激励を受けている。

新入幕の場所は5勝10敗と負け越し、1場所で十両へと陥落する。その後も幕内への復帰と十両陥落を繰り返すなど、上位の分厚い壁に跳ね返される苦しい土俵が続いていた。

大師匠への誓いと大怪我からの復活

幕内定着を目指す中、令和6年(2024年)11月場所中に自身を気にかけてくれた北の富士がこの世を去る。北の富士の命日は奇しくも北の若の誕生日であり、場所後に地元で開催された激励会で「亡くなった日は自分の誕生日でもあり、何かメッセージを残してくれたように感じる。来年は幕内で初めての勝ち越しを地元に届けたい」と恩返しへの強い決意を語った。

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その誓いを胸に、令和7年(2025年)1月場所で4度目の入幕を果たし、序盤は4勝3敗と白星を先行させた。しかし、中日の取組で敗れた際に右腓骨骨幹部を骨折する大怪我を負い、無念の途中休場を余儀なくされてしまう。

この深刻な怪我の影響は長引き、続く同年3月場所を全休したことで幕下へと陥落する。東幕下筆頭で迎えた同年5月場所でも抜け抜けの星から13日目に敗れて負け越すなど、関取復帰を逃す大きな試練を味わった。

それでも決して腐ることなく土俵に立ち続け、同年7月場所で勝ち越しを決めると、続く9月場所では西幕下筆頭の地位で5勝2敗の好成績を収め、4場所ぶりとなる十両復帰を果たした。高校横綱のプライドを捨てて身につけた相撲と、亡き大師匠への報恩の思いを胸に、持ち前のスケールの大きな相撲で幕内への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 山形県出身一覧💡 八角部屋の力士

八角部屋 北の若 | 直近7場所の歩み

今場所は東十両6枚目で、すでに勝ち越しを決めており、13日目も白星で9勝4敗としています。先場所は東十両5枚目で7勝8敗と負け越しています。幕内を務めたこともある北の若ですが、昨年11月場所に十両へ復帰してから、ここ6場所は十両の土俵が続いています。直近7場所の通算は53勝42敗で、白星が先行しています。

四股名
北の若 大輔(きたのわか だいすけ)
最高位
前頭14枚目
最新番付
東 十両6枚目
出身地
山形県 酒田市
本名
齋藤 大輔
生年月日
平成12年(2000)11月12日(25歳)
身長・体重
191cm・159kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
八角部屋
初土俵
平成31年(2019)3月(18歳4ヵ月)
新十両
令和4年(2022)1月(21歳2ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)11月(23歳0ヵ月)
優勝
無し
通算成績
268勝218敗28休/483出場(勝率:55.5%)
直近7場所
48勝40敗(幕下以下:5勝2敗)
7場所勝率
55.8%
得意技
突っ張り・右四つ・寄り・上手投げ
決まり手傾向(直近7場所)
北の若が勝ちの決まり手(53勝)※不戦勝1含む
寄り切り12
押し出し12
叩き込み6
上手投げ5
突き出し4
寄り倒し4
その他9
北の若が負けの決まり手(42敗)
押し出し11
寄り切り9
叩き込み5
上手投げ4
突き落とし3
引き落とし2
その他8
令8年9月
東 十両6枚目(1枚降下)
9勝4敗
○○○○○|○○●●●|●○○  
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 十両5枚目(半枚上昇)
7勝8敗
○●●○□|○○●●●|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両5枚目(3枚上昇)
8勝7敗
○●●●●|○○●○○|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 十両8枚目(変動なし)
9勝6敗
●○○○○|○●○●●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両8枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●○○○●|○●●●●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11月
東 十両12枚目(3枚半上昇)
8勝7敗
○●○●●|○○○○●|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 幕下筆頭
5勝2敗
○-○-○|-○-○-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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嘉陽 快宗 (中村部屋・沖縄県那覇市)

嘉陽 快宗(かよう やすとき)は沖縄県 那覇市出身、中村部屋の力士で最高位は前頭16枚目。令和8年9月場所の番付は西 十両12枚目。

千葉県市川市に生まれ、小学4年次に地元の市川市相撲教室へ通い始めて相撲の基礎を学んだ。中学からは親元を離れ、新潟県糸魚川市の能生中学校へと相撲留学し、卒業後はそのまま新潟県立海洋高校へ進学する。名門校の厳しい稽古に耐え抜いて全国的な実力者へと成長を遂げ、2年次に出場した十和田大会で団体優勝に大きく貢献した。

高校卒業後は日本体育大学へ進学し、相撲部でさらなる研鑽を積む。4年次に出場した全国学生相撲選手権大会で個人ベスト8の好成績を残し、当時の規定における三段目最下位格(90枚目格)付出の資格を獲得した。

大学卒業にあたり、13代二所ノ関(元横綱・稀勢の里)から熱心な誘いを受け、「稀勢の里さんの頼みなら入門を断れない」と責任重大な覚悟を胸に二所ノ関部屋への入門を決意する。なお、憧れの力士には入門会見に同席した部屋付きの13代中村(元関脇・嘉風)の名を挙げていた。令和4年(2022年)5月場所に本名の「嘉陽」で初土俵を踏む。入門当初は出身地を「千葉県市川市」としていたが、同年7月場所より両親の出身地である「沖縄県那覇市」へと変更している。

幕下での足踏みと中村部屋への転籍

初土俵から3場所は持ち前の実力を発揮して大きく勝ち越し、入門4場所目で幕下へ昇進する。幕下に昇進してからも着実に番付を上げたが、関取の座を目前にして番付運に見放されるなど、もどかしい時期を経験した。

令和5年(2023年)11月場所は西幕下6枚目で6勝1敗、翌令和6年(2024年)3月場所は西幕下3枚目で4勝3敗の好成績を残したが、いずれも新十両には届かなかった。それでも腐ることなく、西幕下筆頭で迎えた同年5月場所で5勝2敗と勝ち越し、ついに新十両昇進を決める。昇進会見では師匠の二所ノ関から「ちょっと遅かった。大の里を超えるくらい昇進してほしい」と厳しくも愛のある期待を寄せられた。

新十両昇進が決定した直後、憧れの存在であった13代中村が独立して中村部屋を新設したことに伴い、同部屋への転籍が決定する。これにより、中学から大学、そして二所ノ関部屋までずっと苦楽を共にしてきた「兄弟のような存在」である同期生の白熊とは別の部屋で土俵に立つこととなった。

新入幕と大の里との絆

また、大学の1年後輩である大の里は「弟のような存在」であり、互いを「ヤス」「ダイキ」と呼び合いボウリングに出かけるなど私生活でも仲が良い。大相撲入り後はスピード出世を果たす大の里に大きく先を越されたが、「早く追いつき、追い越したい」と強い対抗心を燃やして自身の起爆剤とし、新天地の中村部屋で着実に星を伸ばしていった。

新十両として迎えた令和6年(2024年)7月場所は7勝8敗と負け越したものの、続く9月場所では11勝4敗の大勝ちを見せる。その後も十両上位で一進一退の攻防を続け、東十両2枚目で迎えた令和7年(2025年)3月場所で9勝6敗の成績を収め、翌5月場所で見事に新入幕を果たした。

新入幕の場所は東前頭16枚目で7勝8敗、続く7月場所は4勝11敗と上位の壁に跳ね返されて十両へ陥落したが、幕内の土俵で得た経験を糧に再び入幕を目指している。

特殊な稽古と取り口

取り口は突き・押しを最大の武器とする。二所ノ関部屋時代に稽古で胸を出していた師匠から「下に入る(相手の懐へ低く入り込む)相撲を取る」と証言されるように、低い立ち合いから下から上へと突き上げる相撲を長所としている。さらに中村部屋へ移籍した後は、組み合った状態から相撲を始める特殊な申し合い稽古を通じて、四つの力と技術にも磨きをかけている。

170センチ前半と決して長身ではないものの、170キロを超える分厚い体格を生かした強烈な押し相撲を持ち味とする。幕内と十両の往復を経験しながらも、持ち前の馬力と粘り強さ、そして良きライバルたちからの刺激を力に変えて、幕内の土俵への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 沖縄県出身一覧💡 中村部屋の力士

中村部屋 嘉陽 | 直近7場所の歩み

西十両12枚目の今場所は、すでに勝ち越しを決めていますが、13日目は黒星を喫し、10勝3敗となっています。十両の優勝争いでは、トップの輝を1差で追っています。3月場所から3場所続けて負け越していましたが、今場所は4場所ぶりの勝ち越しを決めています。幕内を務めたこともある嘉陽ですが、この1年は十両の土俵が続いています。直近7場所の通算は50勝53敗で、白星と黒星がほぼ並んでいます。

四股名
嘉陽 快宗(かよう やすとき)
最高位
前頭16枚目
最新番付
西 十両12枚目
出身地
沖縄県 那覇市
本名
嘉陽 快宗
生年月日
平成11年(1999)7月14日(27歳)
身長・体重
174cm・168kg
出身高校
新潟海洋高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
二所ノ関 → 中村部屋
初土俵
令和4年(2022)5月・三段目90付出(22歳10ヵ月)
新十両
令和6年(2024)7月(25歳0ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)5月(25歳10ヵ月)
優勝
無し
通算成績
164勝135敗0休/299出場(勝率:54.8%)
直近7場所
50勝53敗
7場所勝率
48.5%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
嘉陽が勝ちの決まり手(50勝)
押し出し17
寄り切り6
引き落とし5
叩き込み4
押し倒し4
突き落とし3
その他11
嘉陽が負けの決まり手(53敗)
押し出し16
寄り切り14
叩き込み9
突き落とし3
寄り倒し3
引き落とし3
その他5
令8年9月
西 十両12枚目(変動なし)
10勝3敗
○○○○○|○○●●○|○○●  
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 十両12枚目(3枚降下)
7勝8敗
○○●●○|●●●○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両9枚目(3枚降下)
5勝10敗
●●●○●|●●●○●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 十両6枚目(3枚上昇)
7勝8敗
○●●○○|●○○●○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両9枚目(1枚半降下)
9勝6敗
○○●○○|○○●●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11月
東 十両8枚目(2枚降下)
6勝9敗
●●●●●|○○●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両6枚目
6勝9敗
●○○●●|●●●●●|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)