対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

東方:時疾風 秀喜 (時津風部屋・宮城県栗原市)

時疾風 秀喜(ときはやて ひでき)は宮城県 栗原市出身、時津風部屋の力士。令和8年3月場所の番付は最高位更新となる東 前頭9枚目。

小学2年生の時に同級生より体が大きいという理由で勧誘を受け、地元の瀬峰少年相撲クラブで相撲を始めた。小牛田農林高校3年時にはインターハイ相撲競技で個人3位に入賞。卒業後は教員を志して東京農業大学へ進学したが、同世代のライバルたちの角界入りに刺激を受け、次第に大相撲への思いも抱くようになっていた。

時津風部屋への入門と序二段優勝

教員の道か、角界入りか。進路に迷いを抱えていたが、大学時代最後となる4年次の全日本選手権で予選落ちを喫したことが、かえって大相撲入門への決意を固める契機となった。こうして卒業を控えた平成31年(2019年)3月場所に、時津風部屋から初土俵を踏んだ。前相撲には本名の「冨栄(とみえ)」で出場したが、新序出世のタイミングで「時栄」へと改名。当時、伊勢ヶ濱部屋に「富栄(とみさかえ)」という力士が在籍しており、紛らわしさを避ける意味合いもあったという。

令和元年(2019年)5月場所において序ノ口で6勝1敗の好成績を挙げると、続く7月場所では7戦全勝で序二段優勝を果たした。以降も順調に番付を上げ、同年11月場所では幕下へ昇進した。

怪我の試練と「時疾風」への改名

幕下でも勝ち越しを続けて番付を着実に上げていたが、令和3年(2021年)9月場所では左太腿の肉離れにより途中休場を余儀なくされた。さらに右膝の内側靱帯も損傷する苦しい時期であったが、翌11月場所で復帰して5勝2敗と勝ち越した。

令和4年(2022年)3月場所からは、「速い相撲を取れ」という願いを込めて四股名を「時疾風」へと改名した。改名後はさらに地力を増し、幕下上位の壁に挑み続けた。

十両昇進と幕下全勝優勝での復帰

令和5年(2023年)5月場所、東十両14枚目の地位で新十両昇進を果たした。この場所は6勝9敗と負け越して1場所で幕下へ陥落したものの、決して歩みを止めることはなかった。続く同年7月場所では、東幕下筆頭の地位で7戦全勝の幕下優勝を飾り、わずか1場所での関取復帰を決めた。

再十両となった同年9月場所を8勝7敗で勝ち越すと、以降も十両の土俵で安定した成績を残し、着実に力を蓄えていった。

幕内の土俵へ

令和6年(2024年)5月場所において、東前頭15枚目で新入幕を果たした。しかし、この場所を6勝9敗と負け越し、1場所で十両へと陥落。陥落直後の場所でも負け越しを喫したが、続く同年9月場所を9勝6敗で乗り切り、同年11月場所で再入幕を果たした。以降は幕内に定着し、令和7年(2025年)3月場所では10勝5敗の好成績を残すなど、確かな実力を示している。

得意とする右四つからの寄りや、持ち味であるスピードを生かした出し投げを武器に土俵を沸かせている。大きな怪我や番付の降下を乗り越え、自らの四股名のごとく疾風のような攻めを磨きながら、最高峰の土俵で厳しい勝負の世界を生き抜いている。

💡 宮城県出身一覧💡 時津風部屋の力士

四股名
時疾風 秀喜(ときはやて ひでき)
最高位
前頭9枚目
最新番付
東 前頭9枚目
出身地
宮城県 栗原市
本名
冨栄 秀喜
生年月日
平成8年(1996)8月25日(29歳)
身長・体重
179cm・129kg
出身高校
小牛田農林高校
出身大学
東京農業大学
所属部屋
時津風部屋
改名歴
時栄 → 時疾風
初土俵
平成31年(2019)3月(22歳7ヵ月)
新十両
令和5年(2023)5月(26歳9ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)5月(27歳9ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,序二段優勝1回
通算成績
235勝185敗3休/419出場(勝率:56.1%)
直近7場所
53勝52敗
7場所勝率
50.5%
得意技
左四つ・寄り・上手投げ
決まり手傾向(直近7場所)
時疾風が勝ちの決まり手(53勝)
寄り切り17
押し出し7
上手投げ5
下手投げ4
突き落とし4
掬い投げ3
その他13
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時疾風が負けの決まり手(52敗)
寄り切り22
押し出し10
上手投げ7
寄り倒し2
引き落とし2
突き落とし1
その他8
令8年3月
東 前頭9枚目(1枚上昇・最高位更新)
5勝10敗
○●●○●|●○○●●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭10枚目(4枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗
○●●○○|●○●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭14枚目(1枚降下)
9勝6敗
○○●○○|○●○○●|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
西 前頭13枚目(2枚降下)
7勝8敗
●○○●●|●○●●○|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭11枚目(1枚半上昇・最高位更新)
6勝9敗
●●○●○|○●●○●|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭13枚目(5枚上昇・最高位更新)
8勝7敗
○●○●●|●○●○○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 前頭18枚目
10勝5敗
○●○○●|○●●○○|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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西方:玉鷲 一朗 (片男波部屋・モンゴルウランバートル市)

玉鷲 一朗(たまわし いちろう)はモンゴル ウランバートル市出身、片男波部屋の力士で最高位は関脇。令和8年3月場所の番付は西 前頭9枚目。

入門するまでは相撲経験は無く、将来はホテルマンになろうとモンゴル食糧技術大学で学んでいた。しかし、大きな身体と腕力を活かして力士になろうと思い立ち、留学していた姉を頼って来日。姉と一緒に両国を訪れ、通りかかった井筒部屋の前で鶴竜に出会い相談すると旭鷲山の連絡先を教えてもらえた。これが片男波部屋入門のきっかけとなった。

初土俵から4年の平成20(2008)年1月場所で新十両、そこから4場所連続勝ち越しで平成20(2008)年9月場所で新入幕を果たした。平成27(2015)年3月場所で新小結に昇進。初土俵から所要66場所目での新三役というスロー出世。さらに平成29(2017)年1月場所で新関脇昇進。初土俵から所要77場所、新入幕から所要49場所での新関脇は史上5位タイのスロー昇進。

年を重ねるごとに「相撲力」がアップしてきた玉鷲。かねてより公言していた「大関よりも優勝すること!」を、平成31(2019)年1月場所の初優勝で達成。優勝を決めた千秋楽には第二子も産まれてダブルの喜びとなった。

令和4(2022)年9月場所では千秋楽に高安を破り自身2度目の幕内最高位優勝を決めた。37歳10ヶ月での幕内優勝は、旭天鵬の抜いて昭和以降の最年長記録となった。

ハートマークグッズを集めるのが趣味。玉鷲の妻は、閉鎖した中川部屋から移籍して来た幕下・旭蒼天の姉にあたる。

💡 モンゴル出身一覧💡 片男波部屋の力士

四股名
玉鷲 一朗(たまわし いちろう)
最高位
関脇
最新番付
西 前頭9枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
バトジャルガル・ムンフオリギル
生年月日
昭和59年(1984)11月16日(41歳)
身長・体重
189cm・176kg
所属部屋
片男波部屋
初土俵
平成16年(2004)1月(19歳2ヵ月)
新十両
平成20年(2008)1月(23歳2ヵ月)
新入幕
平成20年(2008)9月(23歳10ヵ月)
新小結
平成27年(2015)3月(30歳4ヵ月)
新関脇
平成29年(2017)1月(32歳2ヵ月)
優勝
幕内優勝2回,十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞1回,技能賞1回,金星8個
通算成績
895勝884敗2休/1778出場(勝率:50.3%)
直近7場所
50勝55敗
7場所勝率
47.6%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
玉鷲が勝ちの決まり手(50勝)
押し出し27
押し倒し6
突き出し4
寄り切り4
突き落とし4
叩き込み3
その他2
玉鷲が負けの決まり手(55敗)
寄り切り21
押し出し10
突き落とし5
叩き込み5
引き落とし4
下手投げ3
その他7
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令8年3月
西 前頭9枚目(4枚半降下)
5勝10敗
●●●●○|●○●●○|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭5枚目(1枚降下)
5勝10敗
●○●○●|●●●○○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭4枚目(3枚降下)
7勝8敗
●○○○●|○●●●●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 前頭筆頭(3枚半上昇)
6勝9敗
●●○●○|○●●●●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭4枚目(1枚半降下)
11勝4敗(殊勲賞・金星)
○○○○●|○○○●○|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭3枚目(4枚半上昇)
6勝9敗
○●●○●|●●●○●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
西 前頭7枚目
10勝5敗
●○○○●|○○○●○|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)