対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

\ この取組の注目ポイント /
  • キャリア13年差!大相撲歴15年の【白鷹山】と、同2年2ヶ月の【大皇翔】の対決!

白鷹山 亨将 (高田川部屋・山形県西置賜郡白鷹町)

白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)は山形県 西置賜郡白鷹町出身、高田川部屋の力士で最高位は十両3枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両13枚目。

山形県西置賜郡白鷹町に生まれ育つ。白鷹町立鮎貝小学校時代には柔道に打ち込み、中学校では陸上部に所属した。砲丸投げの選手として県大会で新記録を樹立して優勝を飾り、全国大会であるジュニアオリンピック陸上競技大会にも出場するなど、持ち前のパワーと運動神経を存分に発揮していた。

当初は高校へ進学して柔道を続け、将来は警察官となって安定した生活を送ることを志していたが、恵まれた体格を見込んだ父親からの勧めや、9代高田川(元関脇・安芸乃島)からの熱心な勧誘を受けたことで角界入りを決断する。相撲経験は全くなかったものの、中学校卒業を機に高田川部屋の門を叩いた。

初土俵と四股名の由来

平成23年(2011年)3月場所で初土俵を踏む予定であったが、大相撲八百長問題の発覚により同場所が中止となる不測の事態に見舞われる。そのため、同年5月に開催された技量審査場所での初土俵となった。

四股名は初土俵の時から「白鷹山」を名乗った。これは故郷にある「白鷹山(しらたかやま)」と、米沢藩の名君として知られる第9代藩主・上杉鷹山(ようざん)に由来する。

序ノ口、序二段と順調に番付を上げたが、平成24年(2012年)5月場所で右膝前十字靭帯を断裂する大怪我を負い、長期間の休場を余儀なくされる。しかし、この怪我を通じて「引いたら怪我をする」という大きな教訓を得て前に出る相撲を心掛けるようになり、不屈の闘志で復帰して平成25年(2013年)11月場所で幕下への昇進を果たした。

輝との絆と新十両昇進

幕下昇進後も糖尿病を発症して体重が激減するなど、度重なる試練に直面した。幕下上位で一進一退の攻防が続く中、同じ中卒叩き上げである同部屋の兄弟子・輝の付け人を務め、「早く関取として横に並びたい」という強い思いを原動力に厳しい稽古へ打ち込んだ。輝からも「力が強く頭もいい。才能を生かし切れていないだけ」と高く評価され、左右で100キロを超えるという並外れた握力と地力を徐々に開花させていった。

平成30年(2018年)3月場所では東幕下筆頭の地位で勝ち越し、翌5月場所で念願の新十両昇進を果たした。山形県出身力士としての十両昇進は実に10年ぶりのことであり、地元は大いに沸き立った。

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幕下全勝優勝と十両優勝

新十両の場所は5勝10敗と上位の壁に跳ね返され、1場所で幕下への陥落を余儀なくされる。しかし、東幕下筆頭に下がった翌7月場所では持ち前の力を爆発させ、7戦全勝の見事な成績で幕下優勝を飾った。優勝インタビューでは「下から当たって終始攻めていく。『白鷹山は止まらない』という力士になっていきたい」と力強く語り、わずか1場所で関取の座へと返り咲いた。

その後は十両の土俵に定着して着実に経験を積み、西十両9枚目で迎えた令和3年(2021年)3月場所では11勝4敗の好成績を収め、自身初となる十両優勝を飾った。

不屈の土俵と突き押し相撲

取り口は恵まれた体格を生かした突き押しや、右四つに組んでからの力強い寄りを主体とする。大怪我の教訓から身につけた、立合いから一気に前へ出る馬力に定評があり、ツボにはまった際の破壊力は上位陣をも脅かすものがある。

近年は左膝の靭帯断裂などさらなる怪我に見舞われ、十両と幕下を幾度も往復する苦しい土俵が続いている。令和8年(2026年)3月場所では14場所ぶりに幕下へ陥落したものの、東幕下2枚目の地位で5勝2敗の好成績を収め、再び1場所での十両復帰を決定付けた。度重なる試練を乗り越えてきた粘り強さを武器に、幕内の土俵を目指して愚直に日々の稽古へ邁進している。

💡 山形県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
白鷹山 亨将(はくようざん りょうすけ)
最高位
十両3枚目
最新番付
西 十両13枚目
出身地
山形県 西置賜郡白鷹町
本名
齋藤 亨将
生年月日
平成7年(1995)4月13日(31歳)
身長・体重
188cm・181kg
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成23年(2011)5月(16歳1ヵ月)
新十両
平成30年(2018)5月(23歳1ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回
通算成績
448勝422敗47休/868出場(勝率:51.6%)
直近7場所
31勝57敗(幕下以下:5勝2敗)
7場所勝率
37.9%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
白鷹山が勝ちの決まり手(32勝)
押し出し18
寄り切り4
突き出し4
突き落とし3
押し倒し1
つき手1
その他1
白鷹山が負けの決まり手(50敗)
寄り切り24
押し出し8
送り出し5
突き出し3
突き落とし3
上手出し投げ2
その他5
令8年5月
西 十両13枚目(2枚半上昇)
4勝9敗
●●●●●|●●○○○|○●●  
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 幕下2枚目(2枚降下)
5勝2敗
○-●-●|-○-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両14枚目(4枚降下)
6勝9敗
○●●●●|○●●○○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両10枚目(変動なし)
4勝11敗
●●○●●|○●●○●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両10枚目(4枚半降下)
7勝8敗
○●●●○|●●○○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両5枚目(1枚半降下)
4勝11敗
●●○●○|●●●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両4枚目
6勝9敗
●●○●●|○○●○●|●○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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大皇翔 大陽 (追手風部屋・香川県高松市)

大皇翔 大陽(だいこうしょう たいよう)は香川県 高松市出身、追手風部屋の力士。令和8年5月場所の番付は最高位更新となる西 幕下5枚目。

香川県高松市に生まれ、小学2年の時に相撲を始める。高松市立勝賀中学校から香川県立高松南高校へ進学し、国体や全国大会などで活躍。その後は日本大学へ進み、3年次に全国学生相撲個人体重別選手権大会の135キロ以上級で3位に入賞し、4年次には全国学生相撲選手権大会でベスト32に入るなど確かな実績を残した。大学の恩師からの勧めで角界入りを決意し、幼い頃から共に相撲に打ち込んできた実兄である大喜翔が所属する追手風部屋へ入門。四股名は自ら考案し、本名の「大陽」にちなみ、太陽のように輝くことと、天を意味する「皇」の字を取り入れた「大皇翔」を名乗り、令和6年(2024年)3月場所で初土俵を踏んだ。

序ノ口、序二段と順調に勝ち越しを続けたが、令和6年(2024年)11月場所では西三段目20枚目で入門後初となる負け越しを喫した。しかし、直後の場所で6勝1敗の好成績を収めて立て直し、令和7年(2025年)3月場所で新幕下に昇進する。その後は幕下中位から上位の土俵において壁に阻まれることもあったが、大きく崩れることなく着実に勝ち星を重ね、関取昇進を射程圏内に捉える地位まで番付を押し上げている。同部屋の先輩である大栄翔を目標に掲げ、兄弟での関取昇進を叶えるべく、日々稽古に励んでいる。

💡 香川県出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
大皇翔 大陽(だいこうしょう たいよう)
最高位
幕下5枚目
最新番付
西 幕下5枚目
出身地
香川県 高松市
本名
白川 大陽
生年月日
平成14年(2002)2月21日(24歳)
身長・体重
189cm・169.4kg
出身高校
高松南高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
初土俵
令和6年(2024)3月(22歳1ヵ月)
優勝
無し
通算成績
61勝30敗0休/91出場(勝率:67%)
直近7場所
30勝19敗
7場所勝率
61.2%
決まり手傾向(直近7場所)
大皇翔が勝ちの決まり手(25勝)※不戦勝1含む
押し出し8
突き出し6
寄り切り4
突き落とし2
送り出し2
押し倒し1
その他1
大皇翔が負けの決まり手(17敗)
押し出し3
叩き込み3
下手投げ2
寄り切り2
引き落とし2
突き落とし1
その他4
令8年5月
西 幕下5枚目(12枚上昇・最高位更新)
5勝2敗
○-○-●|-○-●-|○-○  
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 幕下17枚目(14枚上昇)
6勝1敗
-□-●-|○○--○|-○○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 幕下31枚目(7枚半降下)
5勝2敗
-●○-○|-○--●|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 幕下24枚目(8枚上昇)
3勝4敗
○-●-○|-●-○-|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下32枚目(14枚半降下)
4勝3敗
○-●-●|-●-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下17枚目(15枚半上昇・最高位更新)
2勝5敗
●--●-|○-●-●|-●○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下33枚目
5勝2敗
-○-○○|--●●-|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)