対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

\ この取組の注目ポイント /
  • 年の差10歳!41歳のベテラン【玉鷲】と、30歳の【明生】の対決!

東方:玉鷲 一朗 (片男波部屋・モンゴルウランバートル市)

玉鷲 一朗(たまわし いちろう)はモンゴル ウランバートル市出身、片男波部屋の力士で最高位は関脇。令和8年7月場所の番付は東 十両7枚目。

モンゴル ウランバートル市に生まれ、モンゴル食糧技術大学でホテルマンを目指して学んでいた。相撲未経験であったが、大きな身体と腕力を生かして力士になろうと思い立ち、日本へ留学していた姉を頼って来日した。両国を訪れた際、たまたま自転車に乗った力士を見つけてついて行ったところ井筒部屋に辿り着き、そこで当時三段目で給仕をしていた同郷の鶴竜(のちの第71代横綱)と出会う。鶴竜に入門の相談を持ちかけ、旭鷲山の連絡先を教えられたことが縁となり、片男波部屋へ入門。平成16年(2004年)1月場所において初土俵を踏んだ。相撲に集中するため、入門後の3年間は他の部屋の力士と一言も会話せずに稽古に打ち込んだという。

スロー出世での新三役と初三賞

平成20年(2008年)1月場所で新十両へ昇進し、同年9月場所において新入幕を果たした。その後は幕内と十両の往復も経験しながら地道に実力をつけ、平成27年(2015年)3月場所において初土俵から所要66場所というスロー出世で新三役(小結)へ昇進する。昇進会見では、出世スピードが速いモンゴルの後輩力士たちに対抗意識を燃やし、かつて自身の付け人を務めていた輝の十両での活躍に大きな刺激を受けたことを明かした。

平成28年(2016年)11月場所では西小結の地位で10勝5敗の好成績を収め、自身初の三賞となる技能賞を受賞した。長いリーチを生かした重みのある突き押しや喉輪が評価されたものであり、新入幕から所要49場所での初受賞は外国出身力士として最も遅い記録であった。さらに翌平成29年(2017年)1月場所では新関脇に昇進している。

二度の幕内最高優勝と最年長記録

かねてより「大関昇進よりも優勝すること」を目標として公言していた中、西関脇で迎えた平成31年(2019年)1月場所において、13勝2敗の好成績を収め悲願の初優勝を飾った。奇しくも優勝を決めた千秋楽には第二子が誕生しており、二重の喜びとなった。

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その後も幕内上位で長く活躍を続け、東前頭3枚目に名前を置いた令和4年(2022年)9月場所では、照ノ富士ら1横綱3大関全員を破る活躍を見せ、千秋楽に13勝2敗で自身2度目の幕内最高優勝を果たした。平幕力士による横綱・大関戦の全勝は昭和60年(1985年)の北尾以来37年ぶりの快挙であり、37歳10ヶ月での幕内優勝は旭天鵬を抜いて昭和以降の最年長記録となった。

角界の「鉄人」と家庭的な素顔

土俵外では手芸やお菓子作りを趣味とする非常に穏やかな素顔を持つ。角界きっての愛妻家としても知られており、初優勝を果たした千秋楽の早朝に第二子が誕生した際は、祝賀パーティーで酒を楽しむことなく長男の育児を優先させたという。なお、妻の弟は片男波部屋の玉正鳳である。

家庭での穏やかな一面とは対照的に、土俵上では強靭な肉体と卓越した腕力を生かした強烈な突き押し相撲を貫いている。怪我を抱えながらも決して休まず土俵に上がり続けるその姿から、角界の「鉄人」と称されるようになった。初土俵以来、一度も休場することなく連続出場を続け、歴代単独トップとなる通算出場回数を記録する。令和8年(2026年)1月場所後には、その通算連続出場記録(1763回)がギネス世界記録に公式認定された。さらに同年3月場所の4日目には、幕内出場回数が1471回に到達し、旭天鵬を抜いて歴代最多記録を更新するという偉業も成し遂げている。

💡 モンゴル出身一覧💡 片男波部屋の力士

四股名
玉鷲 一朗(たまわし いちろう)
最高位
関脇
最新番付
東 十両7枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
バトジャルガル・ムンフオリギル
生年月日
昭和59年(1984)11月16日(41歳)
身長・体重
189cm・179kg
所属部屋
片男波部屋
初土俵
平成16年(2004)1月(19歳2ヵ月)
新十両
平成20年(2008)1月(23歳2ヵ月)
新入幕
平成20年(2008)9月(23歳10ヵ月)
新小結
平成27年(2015)3月(30歳4ヵ月)
新関脇
平成29年(2017)1月(32歳2ヵ月)
優勝
幕内優勝2回,十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞1回,技能賞1回,金星8個
通算成績
899勝899敗2休/1797出場(勝率:50%)
直近7場所
2勝2敗(幕内:36勝54敗)
7場所勝率
40.4%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
玉鷲が勝ちの決まり手(34勝)
押し出し18
寄り切り4
突き落とし4
押し倒し3
突き出し3
首捻り1
その他1
玉鷲が負けの決まり手(41敗)
寄り切り15
押し出し7
叩き込み5
突き落とし4
引き落とし3
下手投げ3
その他4
令8年7月
東 十両7枚目(9枚半降下)
2勝2敗
○●●○ |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 前頭13枚目(4枚降下)
2勝13敗
●●●●●|●●●●○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 前頭9枚目(4枚半降下)
5勝10敗
●●●●○|●○●●○|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 前頭5枚目(1枚降下)
5勝10敗
●○●○●|●●●○○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭4枚目(3枚降下)
7勝8敗
●○○○●|○●●●●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭筆頭(3枚半上昇)
6勝9敗
●●○●○|○●●●●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭4枚目
11勝4敗(殊勲賞・金星)
○○○○●|○○○●○|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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西方:明生 力 (立浪部屋・鹿児島県大島郡瀬戸内町)

明生 力(めいせい ちから)は鹿児島県 大島郡瀬戸内町出身、立浪部屋の力士で最高位は関脇。令和8年7月場所の番付は西 十両7枚目。

鹿児島県大島郡瀬戸内町(奄美大島)の出身。本名は川畑明生(めいせい)である。5歳の時に地元の相撲道場に通い始めたが、小学1年次に道場が活動停止となり、一時相撲から離れる経験をした。

小学2年の終わりに隣町の相撲クラブへ移籍して稽古を再開し、6年次には全日本小学生相撲優勝大会で優勝を果たす。中学時代も全国大会へ出場したが目立ったタイトルはなく、大相撲で通用するか不安を抱いて高校進学も検討した。しかし、父親から厳しく一喝されたことで腹を括り、立浪部屋への入門を決意した。

平成23年(2011年)5月場所で初土俵を踏む。順調に番付を上げて幕下へ昇進したが、腰のヘルニアを患い成績が低迷した。本気で引退を考えるほど苦しんだが、父親から「やめたら家には戻ってくるなよ」「気持ちが弱いんだ」と厳しく突き放されたことで奮起する。

日馬富士の言葉と大怪我

独学で食事法やプロテインの摂取法を学んで健康な肉体を取り戻し、体重を増やして幕下へ定着する。10代での関取昇進という目標には届かなかったものの、親孝行を胸に猛稽古へ邁進した。

出稽古先で横綱・日馬富士から「チャンスは誰にでもある。ただ何回もやって来るものじゃない。来たチャンスを自分でつかみなさい」と声をかけられ、その言葉に発奮して平成28年(2016年)11月場所で新十両へ昇進する。

平成30年(2018年)7月場所で新入幕を果たす。幕内へ定着し始めた矢先、令和元年(2019年)の年末に稽古で左上腕部と肘の筋肉を部分断裂する大怪我を負った。翌場所を途中休場し、長らく守っていた幕内の座から陥落する。

異例の巴戦と三役昇進

令和2年(2020年)7月場所は東十両筆頭に陥落したが、怪我を乗り越えて10勝5敗の成績を挙げる。この場所は6人の力士による優勝決定戦にもつれ込み、最後は明生、豊昇龍、天空海という立浪部屋の力士3人による異例の巴戦となった。この混戦を制して見事に自身初となる十両優勝を決めた。

幕内へ復帰すると、令和3年(2021年)7月場所で新三役となる小結へ昇進する。入門当初から公の場で「師匠の番付を抜くこと」を目標に掲げており、まずは師匠(元小結・旭豊)と肩を並べた。続く同年9月場所では新関脇へと番付を上げ、ついに恩師の最高位を超えて長年の目標を達成した。

令和5年(2023年)春には、医師から「このまま放っておくと目が見えなくなる」と宣告されたため、長年悩まされていた逆さまつ毛の手術に踏み切った。これにより目の違和感が消え、相撲に集中できる環境が整った直後の同年5月場所では、横綱・照ノ富士を破って自身初となる金星と殊勲賞を獲得した。

再びの怪我と図太い相撲

その後も上位で奮闘していたが、令和7年(2025年)10月に腰椎椎間板ヘルニアの手術を受ける。ご当地である九州での同年11月場所は初日から休場したものの、十両陥落が濃厚となる中で10日目から途中出場し、意地の1勝をもぎ取って地元の声援に応えた。翌令和8年(2026年)1月場所では5年半ぶりとなる十両への陥落を余儀なくされた。

取り口はスピードと腰の重さを生かした左四つからの寄りを最大の武器としている。上手からも下手からも投げを打つが、相手を抱えたり掬ったりする相撲は少ない。

立合いでは相手が横綱であっても先に手を付かせてから自分が仕切るこだわりがあり、先輩力士にも平気で張り手を放つ図太い土俵態度を見せる。度重なる怪我による番付の乱高下を経験しながらも、決して折れない強い心で土俵を務め上げている。

💡 鹿児島県出身一覧💡 立浪部屋の力士

四股名
明生 力(めいせい ちから)
最高位
関脇
最新番付
西 十両7枚目
出身地
鹿児島県 大島郡瀬戸内町
本名
川畑 明生
生年月日
平成7年(1995)7月24日(30歳)
身長・体重
180cm・156kg
所属部屋
立浪部屋
初土俵
平成23年(2011)5月(15歳10ヵ月)
新十両
平成28年(2016)11月(21歳4ヵ月)
新入幕
平成30年(2018)7月(23歳0ヵ月)
新小結
令和3年(2021)7月(26歳0ヵ月)
新関脇
令和3年(2021)9月(26歳2ヵ月)
優勝
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星2個
通算成績
534勝517敗16休/1050出場(勝率:50.9%)
直近7場所
23勝26敗(幕内:9勝27敗9休)
7場所勝率
37.6%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
明生が勝ちの決まり手(25勝)
寄り切り5
叩き込み4
突き落とし3
寄り倒し3
押し出し3
引き落とし2
その他5
明生が負けの決まり手(41敗)
叩き込み8
押し出し6
押し倒し5
寄り切り5
突き出し3
上手投げ3
その他11
令8年7月
西 十両7枚目(1枚降下)
0勝4敗
●●●● |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両6枚目(半枚上昇)
7勝8敗
●○○●●|●●○●○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両7枚目(1枚上昇)
8勝7敗
●●●○○|○●○○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令8年1月
東 十両8枚目(7枚降下)
8勝7敗
○○○●●|○●●○○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭18枚目(5枚降下)
1勝5敗9休
ややややや|やややや●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭13枚目(7枚半降下)
5勝10敗
○●●○●|●●●○●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭5枚目
3勝12敗
●●○●○|●●○●●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)