対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

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  • 【モンゴルウランバートル市】の同郷対決!
  • キャリア15年差!大相撲歴17年2ヶ月の【千代翔馬】と、同2年6ヶ月の【寿之富士】の対決!

寿之富士 大聖 (伊勢ヶ濱部屋・モンゴルウランバートル市)

寿之富士 大聖(としのふじ たいせい)はモンゴル ウランバートル市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士。令和8年9月場所の番付は最高位更新となる西 前頭16枚目。

恵まれた長身を活かした右四つからの力強い相撲で土俵を沸かせる寿之富士。モンゴルの名門相撲一家に生まれ、日本の大学相撲を経て角界入りを果たした若武者は、部屋の移籍という激動を乗り越え、同志社大学出身者として29年ぶりとなる関取の座を掴み取った。

「モンゴル相撲の血」と「白鵬杯」での相撲との出会い

相撲のルーツは確固たる血脈にある。父はモンゴル相撲で4度の優勝を誇る横綱であり、45歳まで現役を退かなかった鉄人。さらに曽祖父は、元横綱・白鵬の父であるムンフバト氏にモンゴル相撲を指導したという深い縁を持つ。

幼少期はバスケットボールを中心に多彩なスポーツに取り組んでいたが、平成29年(2017年)2月に日本で開催された「白鵬杯」観戦に訪れた際、鳥取城北高校からスカウトを受ける。同年4月に同校の2年生として編入し、ここから本格的に相撲の道を歩み始めた。その後は同志社大学神学部へ進学し、大学4年次には全国学生相撲選抜金沢大会で優勝を飾るなど、着実に実績を積み上げた。

宮城野部屋への入門と、激動の移籍

父からの強い勧めもあり、縁の深い元横綱・白鵬が師匠を務めていた宮城野部屋への入門を決意する。令和6年(2024年)3月場所、聖白鵬の四股名で初土俵を踏んだ。恵まれた体格を武器に、同年7月場所では序二段で7戦全勝の優勝を飾るなど順調に番付を上げていく。

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しかしその直後、宮城野部屋の事実上の閉鎖という予期せぬ事態に見舞われ、伊勢ヶ濱部屋へと移籍。環境が大きく変わる激動の最中にあっても、真面目にコツコツと努力を重ねる持ち前の性格で、ひたむきに稽古へ打ち込み続けた。

「寿之富士」への改名と新十両昇進

幕下上位の壁に直面していたが、伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)から指導された下半身強化やベンチプレスなどの筋力トレーニングを中心に行ったことが大きな転機となる。昇進を懸けた令和8年(2026年)1月場所を前に、四股名を「聖白鵬」から「寿之富士」へと改名。自身の名前に「聖」の字を残したい思いがあったが、同部屋に兄弟子の聖富士がいたため、師匠と話し合いを重ねて新たな名で再出発を切った。

心技体が噛み合い始めたこの1月場所、西幕下2枚目の地位で5勝2敗と見事に勝ち越し、初土俵から所要12場所で悲願の新十両昇進を決定づけた。

同志社大学出身力士の新十両昇進は、平成9年(1997年)5月場所の大碇(のちの甲山親方)以来、実に29年ぶりという歴史的な大快挙として大学関係者をも大いに沸かせた。師匠からの「立ち合いが高くなるので、低く立つように」という教えを胸に、右四つからの寄りや強烈な上手投げにさらなる磨きをかけ、関取としての新たな戦いへ挑んでいく。

💡 モンゴル出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
寿之富士 大聖(としのふじ たいせい)
最高位
前頭16枚目
最新番付
西 前頭16枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
ウスフバヤル・デミデジャムツ
生年月日
平成12年(2000)8月24日(26歳)
身長・体重
195cm・156kg
出身高校
鳥取城北高校
出身大学
同志社大学
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
聖白鵬 → 寿之富士
初土俵
令和6年(2024)3月(23歳7ヵ月)
新十両
令和8年(2026)3月(25歳7ヵ月)
新入幕
令和8年(2026)9月(26歳1ヵ月)
優勝
序二段優勝1回
通算成績
90勝42敗0休/132出場(勝率:68.2%)
直近7場所
6勝4敗(十両:30勝15敗)(幕下以下:14勝7敗)
7場所勝率
65.8%
得意技
右四つ・寄り・上手投げ
決まり手傾向(直近7場所)
寿之富士が勝ちの決まり手(50勝)
寄り切り18
上手投げ6
寄り倒し5
押し出し4
下手投げ4
上手出し投げ4
その他9
寿之富士が負けの決まり手(26敗)
押し出し7
寄り切り5
上手投げ2
引き落とし2
叩き込み2
寄り倒し1
その他7
令8年9月
西 前頭16枚目(4枚半上昇・最高位更新)
6勝4敗
●○○○○|○●○●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 十両4枚目(3枚上昇・最高位更新)
11勝4敗(十両同点)
○○○●●|○○○○○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両7枚目(4枚上昇・最高位更新)
9勝6敗
○○○○○|●●●●●|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 十両11枚目(5枚上昇・最高位更新)
10勝5敗
○○○●●|○●○○○|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 幕下2枚目(3枚上昇・最高位更新)
5勝2敗
-○○-○|-○-●-|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 幕下5枚目(4枚半上昇・最高位更新)
4勝3敗
-○-○○|--●-●|●---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下10枚目
5勝2敗
●-○--|●-○-○|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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千代翔馬 富士雄 (九重部屋・モンゴルウランバートル市)

千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)はモンゴル ウランバートル市出身、九重部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和8年9月場所の番付は西 前頭14枚目。

父親はモンゴル相撲の大関であり、幼い頃はどこへ行くにも父親に同行し、柔道や相撲の練習に連れられて育った。第68代横綱・朝青龍の父親とも交友があり、いずれ角界入りする思いを抱いていたという。地元モンゴルを訪れていた13代九重(元横綱・千代の富士)の紹介を受け、明徳義塾高校へ相撲留学するために来日した。

九重部屋への入門と試行錯誤

高校2年次に同校を中退し、13代九重が率いる九重部屋へと入門。平成21年(2009年)5月場所において初土俵を踏んだ。入門当初の体重は87キロしかなく、初土俵が同じ田子ノ浦部屋の碧山(のちに春日野部屋の関脇)など、既に体格の出来上がっていた同期には全く歯が立たなかった。圧力に欠けるため上手投げ主体で引き技を多用し、まともな寄りや押しに屈する場面が多かったという。それでも、母国で人気を集めていた父親の顔を潰してはならないと諦めずに相撲に打ち込んだ。

初土俵からは「翔馬」を名乗っていたが、新三段目昇進に合わせて「千代翔馬」へ改名する。幕下に定着するまでは同い年の千代皇や千代丸に先を越されて悔しい思いをした時期もあったが、猛稽古によって体重が120キロに迫るようになると、次第に引き技が影を潜めた。代わって廻しを引いてのしぶとさが生きるようになり、特に両廻しを取った際の力強さには定評があった。稽古場ではその引き付けを生かして180キロの千代丸を圧倒することもあったが、一方で本場所に弱い一面があり、弟弟子の千代大龍から不思議がられることもあった。

先代の秘蔵っ子と恩師の急逝

師匠である13代九重は弟子を滅多に褒めないことで知られていたが、千代翔馬の際立った稽古熱心さに対しては「一番稽古するのは千代翔馬だ」と珍しく称賛の言葉を口にしていた。毎日師匠の現役時代の相撲を映像で見て勉強し、翌日の稽古で試す研究熱心さがあり、「先代の秘蔵っ子」として手塩にかけて育てられた。

平成28年(2016年)1月場所において新十両へ昇進。会見で13代九重から「まあ、しょせん無理だろうけど」と愛のある厳しい言葉で釘を刺されつつも、「親方のように前褌を取って攻める相撲を取りたい」と力強く抱負を語った。しかし、関取として歩み始めた矢先の同年7月、最大の理解者であり目標であった恩師・13代九重が急逝する。突然の悲報による深い喪失感と悲しみは計り知れないものであったが、その試練を乗り越え、直後の同年9月場所において見事に新入幕を果たした。14代九重(元大関・千代大海)が部屋を継承して初の入幕力士となり、新入幕の会見では「先代の相撲を毎日、映像で見て勉強していた」と亡き恩師への尽きせぬ思慕を語った。

幕内での長年の活躍と相撲スタイル

幕内に昇進して以降は、長きにわたって幕内の土俵に定着している。しぶとさと思い切りの良さで動きながら勝つ相撲を身上とする一方で、入幕当初は引き技や変化が多く、「投げばかり」と評されたり、「変化を減らして踏み込んで上手を早く取る相撲を」と注文を付けられたりすることもあった。本人も「立ち合いだけしっかり当たって、あとは体に任せる」「自分の持ち味がない」と語っており、得意の張り差しを多用しすぎて相手に読まれ、諸手突きで露骨に対処されるなど課題を露呈する場面もあった。

それでも、気迫あふれる闘志と長年培った技術を武器に、金星を獲得するなどベテランの域に達してからもなお上位陣を脅かす確かな存在感を示し続けている。

💡 モンゴル出身一覧💡 九重部屋の力士

四股名
千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)
最高位
前頭2枚目
最新番付
西 前頭14枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
ガンバータル・ムンクサイハン→石橋 翔馬
生年月日
平成3年(1991)7月20日(35歳)
身長・体重
184cm・144kg
出身高校
明徳義塾高校・中退
所属部屋
九重部屋
改名歴
翔馬 → 千代翔馬
初土俵
平成21年(2009)7月(18歳0ヵ月)
新十両
平成28年(2016)1月(24歳6ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)9月(25歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
受賞・金星
金星1個
通算成績
599勝595敗20休/1193出場(勝率:50.2%)
直近7場所
40勝45敗(十両:9勝6敗)
7場所勝率
49.0%
得意技
押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
千代翔馬が勝ちの決まり手(49勝)
寄り切り13
叩き込み8
上手投げ4
押し出し4
肩透かし3
下手投げ3
その他14
千代翔馬が負けの決まり手(51敗)
寄り切り16
押し出し13
押し倒し6
叩き込み3
下手投げ2
掬い投げ2
その他9
令8年9月
西 前頭14枚目(4枚降下)
4勝6敗
●●○○○|●○●●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 前頭10枚目(3枚半降下)
5勝10敗
●●○●●|○●●○●|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 前頭7枚目(7枚上昇)
5勝10敗
●●○○●|○○●●●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令8年3月
東 前頭14枚目(3枚降下)
10勝5敗
●○○●●|○○○●●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭11枚目(6枚上昇)
6勝9敗
●○○●●|●●○●○|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭17枚目(3枚上昇)
10勝5敗
○○●●●|○○○●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両2枚目
9勝6敗
●○●○●|●○○●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)