対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

\ この取組の注目ポイント /
  • 平成6年度(1994年度)生まれの同学年対決!

炎鵬 友哉 (伊勢ヶ濱部屋・石川県金沢市)

炎鵬 友哉(えんほう ゆうや)は石川県 金沢市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭4枚目。令和8年7月場所の番付は西 十両11枚目。

相撲との出会いは5歳の頃、地元の「押野相撲スポーツ少年団」で稽古を始めたことに遡る。金沢市立西南部中学校時代には、後に高田川部屋の幕内力士となる輝(達綾哉)と同級生であり、全国都道府県中学生相撲選手権大会ではチームメイトとして団体優勝の栄冠に輝いた。その後、金沢学院東高校3年次に世界ジュニア相撲選手権大会の軽量級で優勝。金沢学院大学時代には合計10個ものタイトルを獲得するなど、小柄な体躯ながら「金沢の天才」としてその名を轟かせた。

大学卒業後、第69代横綱・白鵬の内弟子として宮城野部屋へと入門した。白鵬から授かった「炎鵬」という四股名には「炎のような相撲と取れ」という期待が込められている。平成29年(2017年)3月場所に初土俵を踏むと、序ノ口から21連勝で一気に幕下まで番付を駆け上がった。その幕下も2場所で通過し、平成30年(2018年)3月場所での新十両昇進となった。初土俵から所要わずか6場所での十両昇進は史上最速タイの記録であり、1年足らずで関取の地位を掴み取ったことになる。

「ひねり王子」は幕内の人気力士に

十両の土俵でも順調に勝ち越しを積み上げ、令和元年(2019年)5月場所、西前頭14枚目で新入幕を果たした。身長170センチに満たない小柄な体で大型力士を翻弄する姿は、かつての業師・「技のデパート」舞の海を彷彿とさせ、多くのファンを魅了した。令和元年(2019年)7月場所には、体重100キロ未満の力士としては平成9年(1997年)9月場所の舞の海以来、22年ぶりとなる幕内での勝ち越しを決め、自身初となる技能賞を受賞した。

その変幻自在な取り口から「ひねり王子」の愛称で親しまれる一方、安易な変化はせずに圧力をかけながら前に出る正攻法の相撲で、大いに幕内の場を沸かせた。

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度重なる怪我と不幸

令和2年(2020年)3月場所には東前頭4枚目まで番付を上げたが6勝9敗と負け越し、その後も3場所連続で負け越して十両へと番付を下げた。さらに令和3年(2021年)1月場所では、白鵬をはじめ同部屋の力士に新型コロナウイルス感染が確認されたことにより炎鵬も全休を余儀なくされた。その後も眼窩底骨折による全休など苦しい土俵が続き、西十両3枚目で迎えた令和5年(2023年)5月場所は初日から9連敗。頸部椎間板ヘルニアにより10日目から休場、これにより翌場所は幕下へと陥落することが決定的となった。

420日ぶり、不屈の復活へ

西幕下筆頭で迎えた令和5年(2023年)1月場所を全休。そこからさらに5場所連続全休で、番付は落ちるところまで落ちた。これは「頸部椎間板ヘルニアおよび脊髄損傷」によるものであり、医師からは「日常生活に戻るため相撲はあきらめてください」と宣告を受けるほどだった。13代宮城野(元横綱・白鵬)からも「今までよくやった」と声をかけられたが、炎鵬は諦めなかった。

現役続行を決意した炎鵬は、令和6年(2024年)7月場所、西序ノ口13枚目で420日ぶりの本場所の土俵に立った。結果、敗れはしたものの炎鵬は辛い日々を思い返して涙ぐみながら「言葉にならない。感謝しかない」とコメントを残した。初日こそ敗れはしたものの2番相撲で478日ぶりの白星を挙げる。終わってみればこの場所を6勝1敗。炎鵬は再出発を切った。

その後も序二段、三段目、そして幕下へと着実に番付を上げていく。令和8年(2026年)1月場所、東幕下11枚目で6勝1敗。関取復帰を射程圏内に捉える位置にまで這い上がってきた。

信念を貫く「鵬」の誇り

令和6年(2024年)4月、宮城野部屋の閉鎖に伴い伊勢ヶ濱部屋へと転籍。令和8年(2026年)1月場所では旧宮城野部屋力士が一斉に改名したが、炎鵬は「この四股名で自分という存在がある。四股名に恥じないよう自分の名前を大切にしていきたい」と「炎鵬」への想いを語った。相撲スタイルは、低い姿勢から潜り込み、止まらずに動き続けることが特徴である。私生活では食が細く白米が苦手という一面もあるが、サプリメントなどを活用しながら理想の体作りを追求している。

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💡 石川県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
炎鵬 友哉(えんほう ゆうや)
最高位
前頭4枚目
最新番付
西 十両11枚目
出身地
石川県 金沢市
本名
中村 友哉
生年月日
平成6年(1994)10月18日(31歳)
身長・体重
167cm・107kg
出身高校
金沢学院東高校
出身大学
金沢学院大学
所属部屋
宮城野 → 伊勢ヶ濱部屋
初土俵
平成29年(2017)3月(22歳5ヵ月)
新十両
平成30年(2018)3月(23歳5ヵ月)
新入幕
令和1年(2019)5月(24歳7ヵ月)
優勝
三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
技能賞1回
通算成績
298勝252敗80休/548出場(勝率:54.4%)
直近7場所
14勝13敗(幕下以下:23勝9敗3休)
7場所勝率
62.7%
得意技
左四つ・下手投げ
決まり手傾向(直近7場所)
炎鵬が勝ちの決まり手(23勝)
下手投げ4
押し出し4
寄り切り2
寄り倒し2
引き落とし2
下手出し投げ1
その他8
炎鵬が負けの決まり手(9敗)
押し出し3
叩き込み3
浴せ倒し1
寄り倒し1
切り返し1
令8年7月
西 十両11枚目(3枚上昇)
6勝6敗
●●○○●|●○○○●|●○   
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両14枚目(3枚半上昇)
8勝7敗
○○○○○|●●○○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 幕下4枚目(7枚上昇)
5勝2敗
○--○●|-○-○-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 幕下11枚目(6枚半上昇)
6勝1敗
-○○--|○-○○-|○-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 幕下17枚目(13枚半上昇)
5勝2敗
-○-○●|--○-●|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下31枚目(15枚降下)
5勝2敗
○-○-●|-●-○-|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下16枚目
2勝2敗3休
●--○-|○●-やや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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友風 想大 (中村部屋・神奈川県川崎市川崎区)

友風 想大(ともかぜ そうだい)は神奈川県 川崎市川崎区出身、中村部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年7月場所の番付は東 十両4枚目。

神奈川県川崎市に生まれ、幼少期は極真空手やバスケットボール、中学時代は柔道に打ち込むなど多くのスポーツを経験した。中学の柔道部顧問が相撲経験者であった縁から大会に出場し、関東大会で団体優勝を経験する。進学した向の岡工業高校から本格的に相撲へ打ち込み、2年次に出場した全国選抜高校相撲弘前大会において準優勝を果たした。なお、この時の優勝者はアルタンホヤグ・イチンノロブ(のちの関脇・逸ノ城)であった。

高校卒業後は日本体育大学へと進学し、4年次に全日本大学選抜宇和島大会で優勝を飾るなど数々の実績を残した。大学時代から同校の先輩にあたる嘉風(元関脇、のちの13代中村)より技術指導を受けており、その深い縁から尾車部屋への入門を決断する。入門にあたり「嘉風関と同じ、初土俵から所要9場所での十両昇進」という目標を掲げ、平成29年(2017年)5月場所において本名の「南」で初土俵を踏んだ。

驚異のスピード出世と大記録

翌場所から四股名を「友風 勇太」と改名して本格的に角界での歩みを開始し、序ノ口と三段目で全勝優勝を飾る。入門時の思いを胸に快進撃を続け、平成30年(2018年)11月場所において見事に目標通りの所要9場所で新十両への昇進を果たし、そのまま12勝3敗で新十両優勝を飾った。

さらに十両も所要2場所で通過し、平成31年(2019年)3月場所において初土俵から所要11場所という史上4位タイのスピード記録で新入幕を果たす。これは「嘉風関の所要12場所での新入幕記録を抜く」という目標を見事にクリアするものであった。令和元年(2019年)7月場所では横綱・鶴竜から初金星を獲得し、初土俵から所要14場所という当時の史上最速タイ記録を打ち立て、殊勲賞を受賞した。翌9月場所でも鶴竜を破って2場所連続で金星を獲得し、同場所中に引退した兄弟子・嘉風への恩返しを果たした。

凄絶な大怪我と絶望の淵

しかし、西前頭3枚目で迎えた令和元年(2019年)11月場所の2日目、取組中に土俵下へ転落して右膝に凄絶な大怪我を負ってしまう。4本の靭帯断裂や大腿骨・脛骨の骨折、半月板損傷などに加え、右膝から下は皮膚と内側側副靭帯、血管1本だけが繋がっているような状態であった。「切断寸前の重傷で、一生歩くことができない可能性もある」と医師から宣告されるほどの深刻な事態であった。

初土俵以来初の休場から計4回の大手術を受け、5ヶ月にも及ぶ入院生活を余儀なくされる。腓骨神経麻痺の後遺症が残り、装具の支えがなければ日常の歩行にも支障をきたす状態で、後に身体障害者手帳の交付も受けた。当初は引退を疑わず、日常生活に戻れるかどうかの不安に苛まれる絶望の淵に立たされた。

不屈の復活劇と恩師との歩み

それでも、毎日看病に駆けつけた母親の献身的な支えや、リハビリ施設で懸命に頑張る小さな子供たちの姿に勇気をもらい、現役続行を決意する。過酷なリハビリ期間中には、同じく怪我で引退した13代中村からの科学的な指導にも支えられ、痛みに耐え抜いて再び土俵へと向かった。

令和3年(2021年)3月場所、1年4ヶ月の長期休場を経て西序二段55枚目の地位で土俵への復帰を果たす。その後、令和4年(2022年)2月に尾車部屋の閉鎖に伴って二所ノ関部屋へと移籍する。新しい師匠となった二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)からも「ケガをしてなかったら三役に上がっていただろう」と何度も励まされ、恐怖心と闘いながら白星を重ねていった。

令和5年(2023年)1月場所後の番付編成会議で17場所ぶりとなる再十両昇進が決定し、幕内経験力士が序二段まで降格した後に再十両となる史上3人目の快挙を達成する。同年11月場所においてはついに幕内の土俵へと復帰し、大相撲史に残る奇跡の復活劇を成し遂げた。令和6年(2024年)6月には、恩師である13代中村が中村部屋を創設したことに伴い同部屋へと転籍している。四股名も「友風 想大」へと改め、大怪我の後遺症を抱えながらも押し相撲を主体としつつ、機を見た叩き込みなどの引き技を交えながら、不屈の精神で土俵を務め上げている。

異色の「ピアノ力士」

趣味は小学2年次から始めたピアノの演奏である。一時は音楽大学への進学を勧められたほどの腕前を持ち、小学生時代に作曲した運動会の曲は卒業後も母校で使われ続けているという。トークショーで「引退後はピアニストを目指す」と語ったこともある。

リチャード・クレイダーマンやX JAPANのYOSHIKIを好み、大相撲入門後も巡業先の食事会場に置かれたピアノで見事な演奏を披露して関取衆からのリクエストに応えるなど、角界では異色の「ピアノ力士」として多くのファンに親しまれている。

💡 神奈川県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
友風 想大(ともかぜ そうだい)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 十両4枚目
出身地
神奈川県 川崎市川崎区
本名
南 友太
生年月日
平成6年(1994)12月2日(31歳)
身長・体重
185cm・176kg
出身高校
向の岡工業高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
尾車 → 二所ノ関 → 中村部屋
改名歴
南 → 友風
初土俵
平成29年(2017)5月(22歳5ヵ月)
新十両
平成30年(2018)11月(23歳11ヵ月)
新入幕
平成31年(2019)3月(24歳3ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,金星2個
通算成績
309勝233敗73休/540出場(勝率:57.2%)
直近7場所
27勝30敗(幕内:20勝25敗)
7場所勝率
46.1%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
友風が勝ちの決まり手(35勝)
叩き込み24
押し出し7
寄り切り1
突き落とし1
上手投げ1
掬い投げ1
友風が負けの決まり手(40敗)
押し出し22
叩き込み5
押し倒し4
引き落とし3
寄り倒し2
反則1
その他3
令8年7月
東 十両4枚目(1枚上昇)
4勝8敗
○●○●●|●●●●○|●○   
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両5枚目(2枚半降下)
8勝7敗
●●●○○|○○○●●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両2枚目(6枚降下)
6勝9敗
●●○●●|○●●○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 前頭13枚目(1枚降下)
4勝11敗
●○●●○|○●●●○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭12枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●●●●●|○●○○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭16枚目(4枚上昇)
9勝6敗
○●○○○|○●●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両2枚目
9勝6敗
○●○●○|○●○●○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)