対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

御嶽海 久司 (出羽海部屋・長野県木曽郡上松町)

御嶽海 久司(みたけうみ ひさし)は長野県 木曽郡上松町出身、出羽海部屋の力士で最高位は大関。令和8年9月場所の番付は西 十両4枚目。

クリスマスの日にフィリピンで生まれ、4歳の時に長野県木曽郡上松町へ移住した。小学1年次に出場した相撲大会で自分より体の小さな相手に負けたことをきっかけに地元の相撲クラブへ入り、父親と約束して毎日自宅の庭石の上で400回の四股を踏んで鍛え上げた。中学時代に全国ベスト8、高校時代に国体少年の部で3位の実績を残す。東洋大学相撲部の濱野文雄監督から「復活のために力を貸してほしい」と熱心に勧誘されて同校へ進学すると才能を開花させ、個人タイトル15冠を獲得。4年次には学生横綱とアマチュア横綱の二冠に輝き、大相撲史上3人目となる幕下10枚目格付出の資格を取得した。

和歌山県庁内定から出羽海部屋再興へ

相撲部屋の厳しい稽古を恐れ、当初は角界入りする意向を持っておらず和歌山県庁への就職が内定していた。しかし、名門・出羽海部屋を継承して間もない11代出羽海(元前頭2枚目・小城乃花)から「部屋の再興の為に力を貸して欲しい」と熱烈な勧誘を受ける。この言葉に心を動かされ、就職を辞退して出羽海部屋への入門を決断した。

四股名は故郷・長野の名峰である御嶽山と出羽海部屋の海を合わせて「御嶽海」と名付けられ、平成27年(2015年)3月場所において初土俵を踏む。初土俵から所要2場所で新十両へ昇進し、同年7月場所では十両優勝を飾った。その後も順調に番付を上げ、同年11月場所において新入幕を果たした。

歴史的快挙と二度の優勝

幕内の土俵に定着すると、平成28年(2016年)11月場所において新三役となる小結へ昇進する。長野県出身の三役力士は高昇(元関脇)以来実に84年ぶりのことであった。東関脇で迎えた平成30年(2018年)7月場所では、13勝2敗の好成績を収めて念願の幕内最高優勝を果たす。優勝制度が制定されて以降、長野県出身力士として初の賜杯であり、出羽海部屋にとっても第57代横綱・三重ノ海以来38年ぶり、通算50回目となる歴史的な優勝であった。

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令和元年(2019年)9月場所では、貴景勝との優勝決定戦を制して2度目の優勝を飾る。しかし、大関取りが懸かった翌11月場所では取組中に右目の上を切る怪我を負い、そこから失速して負け越し大関昇進が白紙になるなど、好不調の波の激しさを指摘されることもあった。

雷電以来の郷土大関誕生とワースト記録

それでも東関脇で迎えた令和4年(2022年)1月場所において、事前の厳しい昇進ノルマを跳ね返し、13勝2敗の成績で3度目の幕内最高優勝を果たした。直近3場所での安定した成績が評価され、場所後に念願の大関昇進が決定する。長野県出身の大関は江戸時代の伝説的な強豪力士である雷電為右衛門以来227年ぶりであり、フィリピン系の大関としては史上2例目、東洋大学出身者としても史上初の大関誕生となった。伝達式では「感謝の気持ちを大切にし、自分の持ち味を生かし、相撲道に邁進して参ります」と口上を述べた。

しかし、大関昇進後は怪我などで苦しい星が続く。自身初の角番で迎えた同年7月場所では序盤から負けが込む中、新型コロナウイルスへの感染により途中休場を余儀なくされた。この休場に対しては大関の地位に据え置かれる特例的な救済措置が取られ、異例の「2場所連続角番」となる。しかし続く同年9月場所でも不調を拭えずに負け越し、在位わずか4場所での大関陥落というワースト記録の辛酸を舐めた。

度重なる別れと不屈の土俵

その後も両親や祖母との立て続けの死別という深い悲しみに見舞われ、極度の不調から令和7年(2025年)5月場所では大関経験者として十両へ陥落する試練も味わった。それでも決して土俵を投げることなく、同場所で勝ち越して1場所で幕内へ復帰し、再入幕の場所で2桁勝利を挙げるなど不屈の闘志を見せている。突き押しを武器とし、出足の鋭さと重い腰を生かした力強い相撲で、長きにわたり幾多の試練を乗り越えながら相撲道に邁進している。

💡 長野県出身一覧💡 出羽海部屋の力士

四股名
御嶽海 久司(みたけうみ ひさし)
最高位
大関
最新番付
西 十両4枚目
出身地
長野県 木曽郡上松町
本名
大道 久司
生年月日
平成4年(1992)12月25日(33歳)
身長・体重
178cm・176kg
出身高校
木曽青峰高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
出羽海部屋
初土俵
平成27年(2015)3月・幕下10付出(22歳3ヵ月)
新十両
平成27年(2015)7月(22歳7ヵ月)
新入幕
平成27年(2015)11月(22歳11ヵ月)
新小結
平成28年(2016)11月(23歳11ヵ月)
新関脇
平成29年(2017)7月(24歳7ヵ月)
新大関
令和4年(2022)3月(29歳3ヵ月)
優勝
幕内優勝3回,十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞6回,敢闘賞1回,技能賞3回,金星2個
通算成績
537勝464敗13休/998出場(勝率:53.8%)
直近7場所
3勝7敗(幕内:39勝51敗)
7場所勝率
42.0%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
御嶽海が勝ちの決まり手(42勝)
押し出し14
寄り切り12
叩き込み5
上手投げ4
掬い投げ2
引き落とし1
その他4
御嶽海が負けの決まり手(58敗)
寄り切り27
押し出し17
上手投げ3
叩き込み3
送り出し3
寄り倒し1
その他4
令8年9月
西 十両4枚目(9枚半降下)
3勝7敗
●●●○●|○○●●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 前頭11枚目(2枚半上昇)
2勝13敗
●●●●●|●●○●●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 前頭14枚目(1枚半上昇)
8勝7敗
○●●●○|○●○●○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 前頭15枚目(1枚降下)
8勝7敗
○○●●●|●●○○○|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭14枚目(1枚降下)
7勝8敗
●○●○○|●●●○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭13枚目(1枚降下)
7勝8敗
●●○●○|○●○●○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭12枚目
7勝8敗
●●○●○|○●●●○|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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風賢央 厳太 (押尾川部屋・愛媛県西予市)

風賢央 厳太(かぜけんおう げんた)は愛媛県 西予市出身、押尾川部屋の力士。令和8年9月場所の番付は最高位更新となる東 十両4枚目。

愛媛県西予市に生まれ、幼少期はサッカーや空手、柔道と複数のスポーツを習っていた。小学5年次から地元の春日館相撲道場で相撲を始め、小学6年次にはわんぱく相撲全国大会に出場する。中学からは親元を離れて寮生活を送り、西予市立野村中学校を経て愛媛県立野村高校へ進学。四国大会で団体優勝や個人優勝を飾ったほか、金沢大会の団体戦でベスト8に進出するなど、全国的な強豪選手として頭角を現した。

高校卒業後は中央大学へ進学し、相撲部で研鑽を積む。2年次には東日本学生相撲選手権大会の団体優勝に貢献したほか、4年次には全国学生選抜相撲大会で個人ベスト16に入るなど着実に地力を蓄えていった。

大学4年次に同校OBの22代押尾川(元関脇・豪風)からの勧誘を受け、角界入りを決断する。令和4年(2022年)2月に新設されて間もない押尾川部屋へと入門し、同部屋にとって記念すべき初めての新弟子として同年3月場所の前相撲で初土俵を踏んだ。

押尾川部屋初の新弟子と四股名の由来

初土俵から名乗った「風賢央」の四股名は、22代押尾川が所属した尾車部屋の伝統である「風」の一字を頭に置き、野村高校時代の恩師から「賢」、母校である中央大学から「央」の字を頂いたものである。この「風」の字は、8代尾車(元大関・琴風)から弟子たちへと大切に受け継がれてきたものであり、押尾川部屋において新たな形で継承されることになった。同部屋の歴史の第一歩を刻む弟子として、大きな期待を背負っての船出であった。

初めて番付に名前が載った同年5月場所では、序ノ口の土俵で持ち前の力を発揮する。7番相撲で敗れて6勝1敗で並ぶ混戦となったが、4人による優勝決定戦を制して見事に序ノ口優勝で門出を飾った。その後も安定して白星を重ね、令和5年(2023年)1月場所において幕下へと昇進する。初めて番付に載った序ノ口から新幕下の場所にかけて、5場所連続で6勝1敗という安定した成績を残し、順調な滑り出しを見せた。

玉春日以来の快挙と関取昇進

幕下に昇進してからも勝ち越しを続けたが、次第に幕下上位の壁に跳ね返されるようになる。令和5年(2023年)後半からは入門以来初となる負け越しも経験し、一進一退の攻防が続いた。それでも厳しい稽古で心技体を鍛え直し、西幕下13枚目で迎えた令和6年(2024年)3月場所で7戦全勝の幕下優勝を果たす。

直近の足踏みを払拭する好成績が評価され、念願の新十両昇進が決定した。これは押尾川部屋から誕生した初めての関取であり、愛媛県出身力士としても玉春日(のちの14代片男波)以来実に29年ぶりとなる歴史的な昇進であった。十両昇進に際しては、地元・愛媛県相撲連盟から西予市のイメージキャラクター「せい坊」が描かれた化粧廻しが贈呈されている。

陥落からの再起と取り口

新十両として迎えた同年5月場所は、千秋楽の取組に敗れて7勝8敗と負け越し、続く7月場所では怪我による途中休場も重なって幕下への陥落を余儀なくされる。しかし幕下上位の厳しい土俵で勝ち星を積み重ね、令和7年(2025年)3月場所で再十両を果たすと、8勝7敗の成績を収めて関取として初の勝ち越しを決めた。

その後は十両の土俵で一進一退の攻防を続ける。令和8年(2026年)1月場所では5勝10敗と大きく負け越して陥落の危機を迎えたが、他力士の成績との兼ね合いで番付運に救われて十両に残留した。この好機を生かし、続く同年3月場所では中日まで7連勝を飾って優勝争いに加わり、9勝6敗の好成績を収めて意地を見せている。

取り口は、恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでからの力強い攻めを主体とする。一度は関取の座を失う試練を味わいながらも不屈の闘志で土俵へと這い上がり、持ち前の馬力でさらなる上位への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 愛媛県出身一覧💡 押尾川部屋の力士

四股名
風賢央 厳太(かぜけんおう げんた)
最高位
十両4枚目
最新番付
東 十両4枚目
出身地
愛媛県 西予市
本名
住木 厳太
生年月日
平成11年(1999)6月4日(27歳)
身長・体重
187cm・158kg
出身高校
野村高校
出身大学
中央大学
所属部屋
押尾川部屋
初土俵
令和4年(2022)3月(22歳9ヵ月)
新十両
令和6年(2024)5月(24歳11ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
155勝116敗1休/270出場(勝率:57.4%)
直近7場所
51勝49敗
7場所勝率
51.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
風賢央が勝ちの決まり手(51勝)
押し出し27
引き落とし6
叩き込み5
寄り切り4
突き出し3
突き落とし3
その他3
風賢央が負けの決まり手(49敗)
押し出し14
叩き込み11
突き落とし5
寄り切り5
引き落とし3
掬い投げ3
その他8
令8年9月
東 十両4枚目(2枚半上昇・最高位更新)
5勝5敗
○○○●○|●●○●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 十両6枚目(4枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗
●○○○●|●○●○●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両11枚目(3枚上昇)
10勝5敗
○○○○○|○○○●○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 十両14枚目(4枚降下)
9勝6敗
●○○○○|○○○●○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両10枚目(1枚半降下)
5勝10敗
●●○●●|○●●○●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両8枚目(2枚半上昇)
6勝9敗
●○●○○|○●●○○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両11枚目
8勝7敗
●○●○○|●○○●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)