大相撲中継で、際どい勝負に「物言い」がつき、協議の結果「同体と見て、取り直しといたします」というアナウンスを聞いたことがあると思います。
しかし、大正時代までは「取り直し」ではなく、「預かり(あずかり)」という現在では見られない判定制度が存在していました。今回は、かつての大相撲にあった「預かり」という判定の歴史と、その驚くべき裏事情について解説します。
この記事の目次
預かり(あずかり)とは
大相撲における「預かり」とは、物言いがついて勝負判定が紛糾し、どちらの勝ち(あるいは負け)とも決しかねた場合に「勝負を預かる」とした判定制度のことです。
制度が創始された正確な年代は不明ですが、江戸時代に始まり、大正時代まで行われていました。預かりにするかどうかの決定には、その場で即決する場合と、後から取締や検査役(現在の審判にあたる役職)が協議して最終的な決定を下す場合(協会さばき)がありました。
明治以降の「3種類の預かり」とその内実
明治時代以降、「預かり」と判定された場合は、その内実によって以下の3つの種類に区別されて扱われていました。現代のスポーツの感覚からすると、非常に複雑で人間味あふれる制度でした。
① 丸預かり(まるあずかり)
双方の勝負が完全に互角であったとする扱いです。引き分けに等しい扱いで、星取表(成績表)には双方に「△(預かりの記号)」が記されました。相撲界の俗称では「すぶ」とも呼ばれていました。
② 隠れ星(かくれぼし)/ 陰星(かげぼし)
表向きは星取表に「預かり(△)」と記しておきながら、内実は「分のよいほう(やや優勢だった方)」と「分の悪いほう(やや劣勢だった方)」に分けて評価する便法です。別名で「陰星(かげぼし)」とも呼ばれました。
この隠れ星の判定が下された際、力士にはそれぞれ以下の評価が与えられました。
- 丸星(まるぼし): やや有利であったとされた力士に与えられた評価。「勝ち星に等しい」とされ、内実としては給金や番付が上がることもありました。
- 半星(はんぼし): やや不利であったとされた力士に与えられた評価。「負けなし(負けではない)」という便宜上の評価であり、丸星とは違って給金や番付の昇進には加味されませんでした。(※半星は「痛み分け」の際などにも両者に与えられることがありました)
このように、星取表上は同等に見えても、裏ではしっかりと評価(勝敗)が分かれていたことから「隠れ星」と呼ばれたのです。
③ 土俵預かり(どひょうあずかり)
最も特殊なのがこの「土俵預かり」です。これは、行司の差し違えがあった場合や、その場の体裁をつくろうためといった理由で行われました。
たとえば、物言いをつけた控え力士の顔を立てるためや、特定の力士に花を持たせるためといった「大人の事情」で預かりとされるケースです。
この場合、表面上は預かりとしても、星取表にははっきりと「○」と「●」に分けて記され、給金判定などの面で事実上の勝敗は明確についていました。
「預かり」の廃止と「取り直し」の導入
このように複雑で曖昧な部分のあった「預かり」制度と「引き分け」は、大正14年(1925年)11月に廃止されました。
これに代わって導入されたのが、現在でも行われている「取り直し制度」です。勝負が決着するまで何度でも相撲を取るという、現代の分かりやすいルールへと改められました。
ただし例外として、昭和18年(1943年)1月場所にのみ特例で「預かり」が認められたことが6回あり、この時は星取表に漢字で「預」と記入されたという歴史が残っています。
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