大関、関脇、小結を指して三役と総称されますが、このなかで大関だけは特別な地位として扱われています。
今回はこの大関について解説をしていきます。あわせて、いまの大関の成績や、歴代大関の記録もまとめました。
大関とは
大相撲力士の頂点に立つのは誰もが知るように横綱ですが、その横綱に次ぐ地位が大関です。実はこの大関の歴史は横綱よりも古く、明治42年(1909)に横綱が正式に最高位となるまでは大関が最高位でした。横綱よりも歴史のあるこの大関という地位ですが、番付には最低2名(東西)大関が必要とされているため、もしもいなくなった場合は横綱が大関を兼ねて「横綱大関」となります。
いまの大関
現在の大関の成績です。大関在位の歴代順位や角番の回数も載せています。本場所中は、今場所が角番かどうかも含めて毎日更新しています。
- 大関昇進
- 令和8(2026)年5月場所(再昇進)
- 大関在位
- 9場所(歴代59位)
- 大関成績
- 76勝47敗10休(勝率61.8%)
- 大関で優勝
- 1回
- 角番
- 2回
- 大関昇進
- 令和6(2024)年3月場所(新大関)
- 大関在位
- 16場所(歴代36位)
- 大関成績
- 136勝98敗4休(勝率58.1%)
- 大関で優勝
- 1回
- 角番
- 2回
- 大関昇進
- 令和8(2026)年1月場所(新大関)
- 大関在位
- 4場所(歴代82位)
- 大関成績
- 29勝14敗15休(勝率67.4%)
- 大関で優勝
- 1回
- 角番
- 1回
- 特例復帰
- 令和8(2026)年9月場所(陥落の翌場所に関脇で10勝)
※順位は昭和以降に大関へ昇進した力士の中でのもの。令和8年9月場所13日目まで。
大関昇進の基準
大関昇進のための基準は明文化されておらず、相撲協会としても目安の存在は否定していますが、一般的には「関脇で連続三場所の安定した好成績」であるとか、「三場所連続で三役(関脇・小結)の地位にあり、そこで通算33勝以上」などと言われています。
また、勝敗数だけではなく相撲内容や優勝の有無などの印象も加味されて、総合的に判断されるため、勝星が足りていても昇進が見送られるケースもあります。
実際に、昇進前6場所がすべて15日制だった昭和26年以降の大関昇進を見ると、直近3場所33勝での昇進が19人と最も多くなっています。歴代大関の昇進前の成績は「歴代大関の昇進成績は?直近3場所と6場所の一覧表」で詳しくまとめています。
昇進伝達式は本場所3日後
基本的に、力士が自分の新たな番付を知るのは、本場所初日の13日前に行われる番付発表によってなのですが、いくつかの例外があります。
まず十両昇進者は関取として化粧廻しなどの準備が必要なため番付編成会議の当日に発表されます。この番付編成会議は本場所千秋楽の3日以内にひらくことになっており、通常では本場所後の水曜日に行われます。つまり本場所が終わった3日後には十両への昇進を知ることになるのです。
そして、ここからが今回の本題ですが、横綱と大関への昇進者もこの番付編成会議の当日に発表されます。
審判部による番付編成会議で横綱、大関への推挙があった場合には臨時の理事会が開かれ、そこでの満場一致の賛成を得ることで横綱、大関への昇進が決まります。
昇進が決まると相撲協会から理事と一門の審判委員の二名が使者として力士の所属部屋へと派遣され、推挙を伝える昇進伝達式が行われます。
ちなみに昇進伝達式を受けた力士は、番付発表を待たずにその時点から大関として扱われるようになります。
大関の特権、そしてカド番(角番)とは?
原則的に関脇以下の力士は、勝ち越せば翌場所の番付が上がり、負け越せば番付が下がるというように、常に地位が変動するわけですが、大関には1場所の負け越しでは番付が下がらないという特権が与えられています。
横綱は引退するまで横綱の地位が保証されるという強力な特権が与えられていますが、大関にもそれに継ぐ特権が付与されているわけです。では2場所連続して負け越した場合にはどうなるのか?
これについては「大関は、二場所連続して負け越したときは降下する」と『番付編成要領』に定められています。つまり、1場所は大目に見るが2場所続けて不甲斐ない成績だった場合には大関の地位を追われてしまうわけですね。
相撲用語では、先場所を負け越した次の本場所、つまりこの大関陥落がかかった場所のことを通称で「カド番」、その大関のことを「カド番大関」と呼んでいます。これは、囲碁や将棋の七番勝負で負けが決まる一局を「角番」ということから来ているらしいです。
この角番の場所を勝ち越すことができた大関は、その地位が保証されて、また翌場所を大関で迎えることができます。「二場所連続で負け越したときは降下する」とあるように、累積ではないので、翌場所ふたたび負け越してもまだ大丈夫。
強い大関を楽しむのが本流ですが、翌場所も大関の地位を保てるかどうか?というように、進退のかかった「よわい」カド番大関の勝敗も相撲観戦の見どころとなり得るのです。
現在のルールになった昭和44年7月以降で、角番を最も多く経験したのは千代大海の14回です。角番の歴史や、歴代大関の角番の回数は「大相撲の「角番」とは?」でまとめています。
大関復活のチャンス
健闘空しく二場所連続で負け越してしまった場合は関脇に降格となります。ちなみに大負けであっても関脇より下に落ちることはないです。さて、関脇になってしまったからには、また三場所連続で頑張らなきゃいけないのでしょうか?いいえ、実はまだ大関復活のチャンスが残されているんです。それは、次の場所で10勝以上した場合には大関に戻ることができるのです。
このように、大関はその地位を巡って見どころがたくさんあります。
大関は、二場所連続して負け越したときは降下する。降下は全休を含めて関脇に止め、次場所にて10勝以上した場合は、大関に復帰する。番付編成要領 第一章 力士番付編成 第八条より抜粋
この特例で大関に復帰した力士は、次のとおりです。
| 元大関 | 大関最後の場所 | 特例の場所 | 関脇での成績 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 三重ノ海横綱 | 昭和51(1976)年5月昭和51年5月 (1976) | 昭和51(1976)年7月昭和51年7月 (1976) | 10勝5敗 | 特例復帰 |
| 貴ノ浪 | 平成11(1999)年11月平成11年11月 (1999) | 平成12(2000)年1月平成12年1月 (2000) | 10勝5敗 | 特例復帰 |
| 武双山 | 平成12(2000)年7月平成12年7月 (2000) | 平成12(2000)年9月平成12年9月 (2000) | 10勝5敗 | 特例復帰 |
| 栃東 | 平成16(2004)年5月平成16年5月 (2004) | 平成16(2004)年7月平成16年7月 (2004) | 10勝5敗 | 特例復帰 |
| 栃東 | 平成16(2004)年11月平成16年11月 (2004) | 平成17(2005)年1月平成17年1月 (2005) | 11勝4敗 | 特例復帰 |
| 栃ノ心 | 平成31(2019)年3月平成31年3月 (2019) | 令和元(2019)年5月令和元年5月 (2019) | 10勝5敗 | 特例復帰 |
| 貴景勝 | 令和元(2019)年7月令和元年7月 (2019) | 令和元(2019)年9月令和元年9月 (2019) | 12勝3敗 | 特例復帰 |
| 安青錦現大関 | 令和8(2026)年5月令和8年5月 (2026) | 令和8(2026)年7月令和8年7月 (2026) | 12勝3敗 | 特例復帰 |
※特例復帰は昭和44年7月以降の制度。大関から陥落した直後の場所に関脇で10勝以上(日数の3分の2以上)すれば大関に戻れる。令和8年9月場所13日目まで。
大関在位の長い大関
大関の地位を長く守り続けた力士も見てみましょう。最も長いのは魁皇と千代大海の65場所で、ともに10年以上にわたって大関を務めました。
| 大関 | 順位 | 大関 在位 | 大関成績 | 勝率 | 大関で 優勝 | 角番 | 脱出 | 陥落 | 公傷 | 特例 復帰 | 大関での 負け越し | 大関昇進 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 千代大海 | 1位 | 65場所 | 515勝345敗115休 | 59.9% | 2回 | 14回 | 13回 | 1回 | 4場所 | 0/1 | 19回 | 平成11(1999)年3月平成11年3月 (1999) |
| 魁皇 | 1位 | 65場所 | 524勝328敗119休 | 61.5% | 4回 | 13回 | 13回 | 0回 | 1場所 | - | 15回 | 平成12(2000)年9月平成12年9月 (2000) |
| 貴ノ花 | 3位 | 50場所 | 422勝278敗42休 | 60.3% | 2回 | 5回 | 5回 | 0回 | - | - | 6回 | 昭和47(1972)年11月昭和47年11月 (1972) |
| 琴欧洲 | 4位 | 47場所 | 378勝264敗63休 | 58.9% | 1回 | 7回 | 6回 | 1回 | - | 0/1 | 8回 | 平成18(2006)年1月平成18年1月 (2006) |
| 北天佑 | 5位 | 44場所 | 378勝245敗37休 | 60.7% | 1回 | 4回 | 4回 | 0回 | 1場所 | - | 6回 | 昭和58(1983)年7月昭和58年7月 (1983) |
| 小錦 | 6位 | 39場所 | 345勝197敗43休 | 63.7% | 3回 | 7回 | 6回 | 1回 | - | 0/1 | 8回 | 昭和62(1987)年7月昭和62年7月 (1987) |
| 貴ノ浪 | 7位 | 37場所 | 353勝194敗8休 | 64.5% | 2回 | 5回 | 3回 | 2回 | - | 1/2 | 7回 | 平成6(1994)年3月平成6年3月 (1994) |
| 朝潮(昭和58年昇進) | 8位 | 36場所 | 294勝203敗43休 | 59.2% | 1回 | 3回 | 3回 | 0回 | 1場所 | - | 5回 | 昭和58(1983)年5月昭和58年5月 (1983) |
| 豊山 | 9位 | 34場所 | 301勝201敗8休 | 60.0% | 0回 | 0回 | 0回 | 0回 | - | - | 9回 | 昭和38(1963)年3月昭和38年3月 (1963) |
| 豪栄道 | 10位 | 33場所 | 260勝194敗41休 | 57.3% | 1回 | 9回 | 8回 | 1回 | - | - | 10回 | 平成26(2014)年9月平成26年9月 (2014) |
※昭和以降に大関へ昇進した力士。角番は現行ルール(昭和44年7月以降、2場所連続負け越しで陥落)の大関で負け越した翌場所。脱出=角番で勝ち越し、陥落=角番で負け越し。
※公傷は大関に適用された昭和58年5月〜平成15年11月(番付からの推定を含む)と、令和4年7月のコロナ関連の休場(みなし公傷)。公傷の場所は角番に数えません。特例復帰は成功/挑戦(陥落直後の場所に関脇で10勝)。
※大関での負け越しは休場を含み、旧制度(昭和44年5月まで)の時代も数えます。角番・公傷・特例復帰の数字に触れると、その場所と結果が出ます。令和8年9月場所13日目まで。
大関経験者の引退後
大関だった力士は引退後も特別な待遇が待っています。
年寄名跡の襲名・継承資格については現役時の地位や場所数など細かく規定がなされていますが、横綱や大関経験者は無条件で襲名資格を得ることができます。
ただし年寄名跡は定員が決まっているため、引退時の名跡に空きがないと襲名することができません。これについても大関には特権があり、引退後3年間は現役時の四股名のままで委員待遇の年寄になることができます。
この特権は、大関の地位で現役引退した者だけではなく、地位が降下して引退した力士にも与えられます。この3年の間に正式に年寄名跡を取得し、襲名すればいいわけですね。