大相撲の「土俵」の歴史と変遷 四角い土俵や三十六俵、現在の規定は?

大相撲用語解説。今回は「土俵(どひょう)」の歴史と変遷について解説します。

大相撲の舞台である土俵。実は昔から今のような丸い形だったわけではありません。四角い土俵や二重の円、そして四本柱があった時代など、現在の形になるまでの興味深い歴史をご紹介します。

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「人垣」から始まった土俵のルーツ

相撲の歴史は古く、鎌倉時代以降の武人相撲などでは、現在のような盛土の土俵はありませんでした。当時は、見物人たちが丸く人垣を作って競技場を囲んでおり、これを「人片屋(ひとかたや)」と呼んでいました。相手を投げ倒すか、この人片屋(人垣)の中に相手を押し込んだ者が勝ち、というルールでした。

その後、江戸時代の貞享年間(1680年代)になって、ようやく俵を並べた「円形の土俵」が確立したとされています。土俵という明確な境界線ができたことで、「相手を土俵の外に押し出す・寄り切る」という、現代に通じる相撲技の大本が出来上がりました。

土俵の「形」と「大きさ」の変遷

土俵が確立した後も、その形や大きさは時代とともに試行錯誤が繰り返されました。

① 四角い土俵(角土俵)もあった

土俵といえば丸い形(丸芝)が当たり前ですが、歴史的には四角い土俵(角芝・角土俵)も存在していました。例えば、岩手県の「南部相撲」の古い記録では一辺約4.5メートルの四角い土俵が使われており、巡業で訪れた大相撲の力士もこの四角い土俵に上がった記録があります。現在でも、岡山県勝央町など一部の地域では、小学校の行事として角土俵での奉納相撲が行われています。

② 「三十六俵(二重土俵)」の時代

昭和初期までは、俵の円が二重になった「二重土俵(二重丸土俵)」が用いられていました。当時の勝負俵は直径13尺(約3.94メートル)と今より一回り小さく、その外側に少し大きな円形の俵が配置されていました。

この二重土俵は、二つの円の間にある砂の部分をとって「蛇の目土俵」とも呼ばれていました。また、内側の円に16俵、外側の円に20俵の計36個の俵が使われていたことから、「三十六俵(さんじゅうろっぴょう)」という言葉自体が、当時の「土俵」を指す別称として使われていたのです。

③ 天覧相撲を機に現在の「15尺(一重土俵)」へ

この二重土俵は、昭和6年(1931年)4月の「天覧相撲(昭和天皇の観戦)」を機に変更されます。内側の13尺の俵を取り払い、段差のない現在のような15尺(4.55メートル)の「一重土俵」へと改められたのです。

この変更の理由は、当時、男女ノ川(みなのがわ)や天竜など身長180センチを超える大型力士が台頭しており、「狭い土俵だとすぐに勝負がついてしまうため、少しでも長い時間、相撲の取組を観覧してもらえるように」という配慮から土俵を拡大したとされています。

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【幻の16尺土俵】双葉山引退の引き金に?

現在の15尺土俵ですが、戦後の昭和20年(1945年)11月場所において、1場所だけ「16尺(4.84メートル)」へとさらに拡大されたことがありました。

これは、GHQの占領政策で武道が制約を受ける中、相撲協会が「スポーツ・娯楽色を強めることで生き残りを図ろうとした」ことが理由でした。しかし、この変更に強く反対したのが、大横綱・双葉山です。彼は「元々は何もない野原で取っ組み合っていた相撲が、土俵という領域を与えられたことで技術を洗練させてきた。土俵の拡大はその歴史を逆行させるものだ」と主張し、この広がった土俵には上がることなく自ら引退を決意しました。

当時のニュース映画には双葉山自らが引退を発表する様子が残されていますが、その中で双葉山は「15尺土俵上で精進を重ねて参ったのでありまして」と語っています。この言葉には、15尺の土俵で相撲道を極めた大横綱としての強烈な自負と誇り、そして土俵拡大への暗黙の批判が込められていました。

結局、この16尺土俵は「終戦直後の食糧不足の中だというのに土俵が広すぎて体力が持たない」と現役力士からも不評を買い、進駐軍への集客効果も思ったほどではなかったため、わずか1場所で元の15尺へと戻されました。

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屋形(屋根)と四本柱の変遷

土俵上の空間も大きく様変わりしています。

「神明造」の屋根と四本柱の廃止

昔は土俵の四隅に「四本柱」が立ち、その上に屋根(屋形)が乗っていました。屋根の形も、江戸時代の「切妻造(きりづまづくり)」から、明治時代の旧国技館での「入母屋造(いりもやづくり)」などを経て、昭和5年(1930年)の天覧相撲を機に現在の「神明造(しんめいづくり)」へと変わりました。

そして昭和27年(1952年)の秋場所、観客席からの視界を遮っていた「四本柱」が廃止され、現在のような「吊り屋根」へと移行しました。

四本柱を無くす際、賛成派の「土俵が見やすくなる」という意見に対し、反対派からは「柱があることで土俵内での自分の位置を知る目安になる」「突き飛ばされた時に柱につかまって転落を防げる(安全対策)」といった、現場の力士ならではの切実な声もあったそうです。

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柱の代わりとなった「四房(しぶさ)」

四本柱が廃止されたことにより、柱が担っていた「方角を示す役割」を引き継ぐものが必要になりました。そこで考案されたのが、現在も吊り屋根の四隅から下がっている「四房(しぶさ)」です。かつての四本柱の色(青、赤、白、黒)を受け継いだ4色の房が、それぞれ春夏秋冬や方角を表しています。

※四房の詳しい色の意味や歴史については、以下の記事で解説しています。

「仕切り線」が生まれた理由

土俵の中央にある2本の白い線「仕切り線」は、昭和3年(1928年)1月場所から導入されました。これは、同場所からNHKのラジオ中継が始まったため、放送時間内に勝負を収めるべく「仕切りの制限時間」が設定され、それと同時に設けられたものです。

現在の「土俵規定」と66個の俵

様々な歴史を経て、現代の大相撲本場所で作られる土俵は、日本相撲協会の定める「土俵規定」に基づいて厳格に作られています。主な規定は以下の通りです。

  • 形とサイズ:一辺が6.7メートル(22尺)の正方形の台形に土を盛り、その中央に直径4.55メートル(15尺)の円を小俵をもって作る。
  • 土の硬さと材質:土俵は荒木田(あらきだ)の土を用いてつき固め、「四股を踏んでも足跡がつかない堅さ」にしてから表面に砂を入れる。
  • 俵の埋め方:俵はすべて「6分を地中に埋め、4分を地上に出す」という決まりで埋め込まれる。

土俵の構築には、合計66俵の俵が使用されます。その内訳は以下の通りです。

  • 勝負俵(16俵):土俵の円を形作る俵。
  • 徳俵(4俵):東西南北の4か所にある、俵1つ分だけ外側に出っ張った俵。(※昔の屋外興行時代に雨水を逃がす名残とも言われます)
  • 角俵(28俵):円の外側にある正方形の縁を形作る俵。
  • あげ俵(4俵):正方形の4つの角に配置される俵。
  • 踏み俵(10俵):力士が土俵に上がるための段になる俵。
  • 水桶俵(4俵):力水のための水桶を置く俵。

そして、勝負俵の外側には、足が出たかを判定するための砂「蛇の目」が撒かれています。

※蛇の目の判定の仕組みや、呼出のホウキの使い分けについては以下の記事で詳しく解説しています。

現在も続く進化!土俵の高さが「1寸」低くなった理由

土俵の歴史は、昔の話だけで終わったわけではありません。現在進行形で、現場の裏方たちによるアップデートが続けられています。

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実は、令和8年(2026年)の夏場所から、国技館の土俵の高さが「1寸(約3.03センチ)」だけ低くなりました。土俵の高さの規定は「34〜60センチ」と幅があり、それまでは1尺9寸(約57.57センチ)でしたが、1尺8寸(約54.54センチ)へと変更されたのです。

なぜわずか1寸だけ低くしたのでしょうか?
現在の両国国技館の土俵は、他種目のイベント等に対応するため、丸ごと電動で床下に収納できるシステムになっています。しかし、前回の東京場所で土俵を収納する際、徳俵が機械に引っかかって異音が発生し、呼出が修理するトラブルが起きました。「また機械に引っかかっては大変だ」と考えた土俵築の監督を務める呼出たちが、基準となる金属棒を使って手作業で微調整を行い、高さを1寸下げたのです。

この変更は公表されておらず、最古参の関取でさえ「全く気づかなかった」と語るほどのミクロな変化でした。こうした「寸法(寸尺)」へのこだわりと、トラブルを防ぐための呼出たちの創意工夫によって、大相撲の伝統は今も守られ、新しい歴史が刻まれています。

夏場所から土俵の高さが変わった 約3センチ低くなった理由とは?(日刊スポーツ:2026年5月16日10時1分)

「土俵の変遷」のまとめ

当たり前のように見ている丸い土俵も、人垣(人片屋)から四角い土俵、三十六俵の二重土俵、そして四本柱の廃止と、時代ごとの興行事情や力士の体格・メディアの発達に合わせて進化を遂げてきました。

現在の「15尺・66俵」という土俵は、大相撲の長い歴史の中で洗練されてきた究極の形であると同時に、今も裏方たちによってミリ単位(寸尺単位)で改良され続けている「生きている舞台」と言えるでしょう。


他にも気になる相撲言葉が調べたいときは、大相撲用語事典へぜひどうぞ。

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