大相撲用語解説。今回は「柝(き)」について解説します。
本場所の会場に響き渡る「カァーン」という高く澄んだ音。あのお馴染みの音を鳴らしている道具をご存知でしょうか。
この記事の目次
柝(き)とは
大相撲における「柝(き)」とは、いわゆる拍子木(ひょうしぎ)のことです。
土俵の進行を司る裏方である「呼出(よびだし)」が手にしており、本場所の進行を知らせるための重要な合図として打たれます。用具の名称としては「拍子木」ですが、呼出は通称として「柝(き)」と呼んでいます。なお、相撲において「柝の音」は「きのね」と読みます。
この柝を打ち鳴らす所作のことを、角界では「柝を入れる」と表現します。
柝の材質と特徴:あの高い音の秘密
会場の隅々まで響き渡る、あの「カァーン」という非常に高く澄んだ音色は、柝の材質によるものです。
大相撲の柝には、古くから桜(サクラ)の木が使われています。桜の木は非常に硬く、乾燥させると木目が締まるため、打ち合わせた際に乾いた高い音が出ます。大相撲の広い空間(国技館など)でも音がよく通るように、長年の歴史の中でこの材質が選ばれてきました。やや太い木の心材を用いると澄んだよい音がでるようです。
また相撲の柝は独特なもので、芝居などで使われる拍子木よりも大きく作られています。ややカマボコ形に角を丸く削った二本の柝の一方の端を紐で巻き、もう片方の端には穴を空けて紐を通して繋いでいます。
日常的な手入れとして、椿油を塗って美しいツヤを保っている呼出もいます。
呼出の「商売道具」としての柝
柝は、単なる備品ではなく呼出にとって非常に大切な「商売道具」です。呼出会でも二本所有されているようですが、行司の軍配のように、呼出一人ひとりに馴染んだ「マイ柝」が存在します。つまり呼出の地位に関わらず、全員が自分の柝を持っているわけです。
昔は両国に専用の大工がおり、何十本もある中から一つひとつ音を確かめて選んでいた時代もありました。現在では、相撲ファンや後援者が手作りしてプレゼントしてくれたものを愛用したり、先輩が長年使っていた柝を形見として譲り受けて使うこともあります。柝は「古いほど良い音が出る」とも言われており、長年使い込むことで手の脂が馴染み、色合いや音色もその呼出独自の深いものへと変化していきます。また、先輩呼出がお手製で作ってくれた凝った裏地の「柝袋」に入れて大切に持ち歩くなど、道具への深い愛情が垣間見えます。
マイクなしで響かせる職人技と会場の「相性」
あの澄んだ音は、マイクを通しているわけではありません。広い館内に響かせるコツは、「力を入れないこと」だと言います。力任せに叩くとかえって変な音になってしまうため、呼出たちは若い頃に巡業で会場を歩き回りながら柝を打ち続けることで、響かせ方の感覚を体に覚えさせます。
柝を入れるときは、右手に持った柝をやや前にして、左手の柝をやや後ろにずらして、右手の柝の中央に左手の柝の端を当てて音を出します。ちなみに「柝を打つ」と言いたくなりますが、呼出たちは「柝を入れる」や「柝が入る」と言います。
また、音を響かせる上で「会場との相性」も存在します。あるベテラン呼出によると、やはり東京の「国技館」が最も良い音で響き、次いで大阪(エディオンアリーナ大阪)も悪くないものの、名古屋(ドルフィンズアリーナ)は少し音が割れて聞こえるなど、建物の構造による音響の違いを感じ取っているそうです。
「相撲は拍子木に始まり、拍子木に終わる」
相撲界には「相撲は拍子木に始まり、拍子木に終わる」という言葉があります。
観客にとっては「土俵上の雰囲気を盛り上げる音」という印象が強いかもしれませんが、実は力士や行司、親方衆に至るまで、相撲界の人間はすべてこの「柝の音」を合図に動いているのです。
柝を入れるタイミングには、大きく分けて「観客には見えない場所(支度部屋など)で力士に向けて入れる柝」と、「土俵上で進行のために入れる柝」の2種類があります。リハーサルなどは一切なく、誰がどの柝を入れるかは当日の取組表を見て、阿吽の呼吸で決まります。
① 力士の行動を促す「見えない柝」
館内や支度部屋に向けて、力士たちに準備を促すために入れる柝です。
- 一番柝(いちばんぎ):毎日、朝一番の取組開始の約30分前(午前8時頃)に柝を入れます。力士たちに「そろそろ支度をして場所入りしなさい」と知らせる合図です。昔は呼出が両国界隈の相撲部屋を実際に回って一番柝を入れていたそうです。
- 二番柝(にばんぎ):一番柝の約30分後(午前8時30分頃)に入れる、「そろそろ花道へ向かってください」という合図です。
- 支度の柝(したくのき):関取衆(十両・幕内)に向けて「土俵入りの準備をして(化粧廻しを締めて)ください」と知らせる合図。十両土俵入りの約7分前と、幕内土俵入りの三番前に柝を入れます。この柝が入ると、関取衆が一斉に化粧廻しを締め始めます。
② 土俵上の進行を知らせる「見せる柝」
皆さんが会場や中継などでよく耳にする、土俵上で入れる柝です。
- 呼び柝(よびぎ):「相撲が始まりますよ」という合図。呼出が柝を入れて、独特の節回しで四股名を呼び上げて、力士を花道から土俵へと迎え入れます。
- 雑踏触れ(ざっとうぶれ):十両最後の一番と、幕内結びの一番の前に入れる特別な柝。「とざい、とーざい」という声と共に柝を入れて、「少しお静かに聞いてください」という意味合いが込められています。
- 跳ね柝(はねぎ)/上がり柝(あがりぎ):結びの一番や弓取式がすべて終わり、その日の興行が「跳ねた(終了した)」ことを知らせる合図。一般的には「跳ね柝」と呼ばれますが、呼出の隠語ではこれを「上がり柝」と呼びます。
この他にも、初日と千秋楽に行われる「協会ご挨拶」の際や、千秋楽の最後を締めくくる「三本締め」の際など、節目の重要な場面で柝が入ります。
【観戦のツボ】土俵入りの「立ち位置」と「音色」
土俵入りの際、呼出が柝を入れる「立ち位置」にも決まりがあります。
東方力士の土俵入りの際は「赤房下(あかぶさした:東南)」で、西方力士の土俵入りの際は「白房下(しろぶさした:西南)」に立って柝を入れます。横綱土俵入りの際も同様で、呼出は柝を入れながら花道から先導し、東横綱なら赤房下、西横綱なら白房下にとどまって、横綱が退場するまで柝を入れ続けます。
ここで注目したいのが「音色」です。東の土俵入りと西の土俵入りでは担当する呼出が交代するため、東と西で打ち鳴らされる「カァーン」という音が微妙に変わります。これは、呼出ごとに持っている「マイ柝」が違うためです。「高い音」「落ち着いた音」など呼出によって好みがあり、同じ桜の木でも切り方や、木の「どの面を合わせるか」、そして「柝の熟成」により響きが変わります。こうした立ち位置の決まりや、裏方のこだわりに注目するのも、大相撲の粋な楽しみ方の一つです。
「満員御礼」の合図としても活躍
本場所で客席が一定の基準を満たした際、天井から「満員御礼」の垂れ幕が下ろされますが、この時にも呼出によって柝が入れられます。この特別な柝の音は、力士たちにとっても「大勢の観客の前で相撲が取れる」という誉れを感じさせる、縁起の良い音とされています。
「柝(き)」のまとめ
大相撲における「柝(き)」は、単なる拍子木ではなく、呼出が土俵の進行をコントロールし、力士たちの行動を律するための神聖な道具です。
テレビ観戦でも会場での観戦でも、取組そのものだけでなく、この「柝の音」がいつ、どのタイミングで、どこから鳴り響くのかに耳を傾けてみると、大相撲の厳格なシステムと伝統の美しさをより深く味わうことができるでしょう。
他にも気になる相撲言葉が調べたいときは、大相撲用語事典へぜひどうぞ。
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