大相撲中継を見ていると、力士のまわしの前部分に紐のような飾りが垂れ下がっているのを目にします。
今回は、あの装飾品である「下がり(さがり)」について、関取と幕下での違いや、職人技が光る作り方、そして取組中に落ちてしまった場合の意外なルールについて解説します。
この記事の目次
下がり(さがり)とは?
大相撲における「下がり」とは、力士が締込(しめこみ=本場所用のまわし)の間に挟んで前方に垂らす一種の飾りのことです。
下がりは、江戸時代に土俵入りと取組の両方で着けられていた「化粧廻し(けしょうまわし)」の前掛け部分の名残だと言われています。本来は取組中に廻しがずれた際に局部が見えないようにするためのものであり、現在の下がりも建前上は「緊急時に局部を隠すため」に存在しているとされています。
昔は「まわしと一体型」だった?
江戸時代半ば頃まで、幕内力士は前掛け(前垂れ)のついた廻しで相撲を取っていましたが、動きの妨げになるため前垂れが取り払われ、一番下の装飾用の「総(ふさ)」だけが残されました。これが下がりのルーツです。
明治時代の中ごろまでは、この下がりは締込と一体になった作りで、取り外すことができないものでした。しかし、取組の最中に下がりの紐が力士の指や腕に巻きついて骨折などの大ケガに繋がる危険があったため、安全面を考慮して、現在のように締込の「すき間から差し込むだけの別々のもの(取れやすいもの)」へと改良された歴史があります。
下がりにはどんな種類がある?
下がりは、十両以上の「関取」と「幕下以下」の力士で大きな違いがあります。
- 関取(十両以上)の下がり: 一本ずつノリでカチカチに固められており、ピンとした棒状になっています。
- 幕下以下の下がり: 木綿製(もめんせい)の丸ひもになっており、固められてはおらず、動くたびにゆらゆらと揺れています。
- 前相撲: 新弟子が初めて取る「前相撲」では、下がりは一切着けずに相撲を取ります。
職人技!関取の「下がり」の作り方
テレビ中継などでも目にする機会が多い、関取が着用するピンとした「下がり」の作り方を見ていきましょう。
① 材料は締込と同じ「絹」
関取の下がりは、自分が締めている締込と同じ絹(きぬ)の織物を基にして作られています。締込を作った際の端切れから「縦糸」だけを抜き出し、これを束ねて櫛(くし)をかけ、ほつれを整えます。
② 布海苔(ふのり)で中まで固める
次に、固めるための糊(のり)を用意します。海藻が原料である布海苔(ふのり)を熱湯で溶かしてから漉(こ)し、糊を作ります。
この糊を、糸の束に丁寧に塗り込みながら丸い棒状に成形していきます。大事なのは、中までしっかりと糊を塗り込んでいくこと。そうしないとすぐに折れてしまったり糸が解れてしまい、ピンと張った下がりには仕上がりません。
③ 乾燥させて長さを揃える
塗り終えたら余分な糊を落として形を整え、締込に挟む先端部分だけを平たく潰します。
これを下がり板に張って2日ほど乾燥させ、最後に下がりの先端をハサミで丸く切り揃えて完成となります。激しい取組中に折れ曲がってしまうこともあるため、力士は常に予備を用意し、「下がり入れ」と呼ばれる専用のケースに入れて場所へ向かいます。
ちなみに、この「下がり入れ」も相撲界ならではの手作りです。厚紙を三つ折りにしたベースに、古い番付表の紙を何枚も重ね張りして作られており、ピンと張った美しい下がりをしっかりと保護しています。
もし取組中に下がりが折れ曲がってしまっても、水で濡らして真っすぐに成形し直して干しておけば、再び布海苔の成分が利いて元通りに固まるという優れた特徴があります。
本数は縁起を担いで「奇数」に
1人の力士がつける下がりの本数は、「13本」「17本」「19本」といったように、必ず奇数になるように作られます。これは、相撲界で「割り切れる数字(偶数)=土俵を割る(負ける)」に繋がるとして嫌われ、縁起を担いで奇数が選ばれているためです。(※近年では13本にしている関取が多いようです)。
取組中に「下がり」が落ちた場合のルール
現在の「下がり」は安全のために締込に挟んであるだけなので、相手に前みつ(前のまわし)を引かれたり、まわし全体が緩んだりすることで、激しい取組の最中にスポッと抜け落ちてしまうことがよくあります。
この落ちた下がりに関して、相撲には厳格なルールが存在します。
自分で拾うと「負け」になる!
もし自分の下がりが落ちたからといって、力士が自分で手を出して拾い上げてしまうと、その時点で「手つき(=負け)」となってしまいます。
そのため、土俵上に落ちた下がりは力士が邪魔にならないように足でサッと払いのけるか、勝負を裁いている行司がサッと拾い上げて自分の帯に挟むなどして処理します。また、下がりが抜け落ちてブラブラと邪魔になっている場合は、行司が取組の最中にサッと引き抜いて土俵の外へ放り投げるファインプレーを見せることもあります。
「取り直し」の際は着けない
また、際どい勝負で物言いがつき「取り直し」になった場合。協議の間に力士が一度土俵を下りて下がりを外して(控えの付き人に渡して)いた場合は、再び土俵に上がって仕切りに入る際、下がりは外したまま(着けないまま)相撲を取るという決まりになっています。
極めて稀な「さがり待った」
非常に珍しいケースですが、取組中の激しい動きでピンと張った下がりが上に跳ね上がり、力士の「髷(まげ)」に引っかかってしまうことがあります。この場合は、危険防止のために行司から「待った」がかけられ、勝負を一時中断して髷から下がりを外す措置が取られます。
懸賞金と「下がり」の意外な関係
勝った力士は、次の取組の力士に「力水」をつけるために土俵下に待機する「勝ち残り」というルールがあります。
この時、力士は受け取った懸賞金と自分の「下がり」を一旦、呼出(よびだし)に預けます。そして力水をつける役目を終えて引き上げるのですが、呼出が懸賞金の入った熨斗袋(のしぶくろ)の束に下がりを刺して力士に返している光景を見ることがあります。
これは相撲の伝統的な所作や儀式というわけではなく、力士が懸賞金の束と下がりを一緒に持って花道を下がる際に、持ち帰りやすくするための呼出の粋な配慮として行われています。相撲界ならではの裏技です。
まとめ
力士の腰回りを彩る「下がり」は、化粧廻しの前掛けから進化した歴史ある装飾品です。十両以上の関取にだけ許された「絹を布海苔で固める」という伝統の作り方や、縁起を担いだ奇数の本数、そして「落ちても拾ってはいけない」という厳しいルールなど、知れば知るほど大相撲の奥深さを感じられるアイテムです。
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