二所ノ関部屋の力士一覧!過去から現在、松ヶ根~二所ノ関部屋の主な関取を網羅しました

二所ノ関(にしょのせき)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する二所ノ関部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では二所ノ関部屋と、その前身である松ヶ根部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

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開催日:2021年2月7日(日)

開演 :11:00

会場 :両国国技館 (東京都)

2020年11月15日(日) 10:00より発売

二所ノ関部屋の基本情報

  • 一門 :二所ノ関一門
  • 創設 :平成2年(1990)2月18日 ※松ヶ根部屋として創設
  • 創設者:9代・松ヶ根 六男(元大関・若嶋津)
  • 改称 :平成26年(2014)12月1日
  • 改称者:12代・二所ノ関 六男(元大関・若嶋津)
  • 現師匠:同上
  • 所在地:千葉県船橋市古作4-13-1
  • サイト:二所ノ関部屋公式ホームページ

二所ノ関部屋の概略

二所ノ関一門という一門があるぐらいですから、その本家なの?と思われる方もいると思いますが、現在の二所ノ関部屋は昔から続く本家ではありません。 二所ノ関部屋の本家は32代横綱・玉錦が昭和10年(1935)1月に二枚鑑札で創設したのが始まりで、そこから数々の分家が生まれました。

旧二所ノ関部屋の成り立ち

「二所ノ関一門の本流」となるのは昭和10年(1935)1月に32代横綱・玉錦が興した二所ノ関部屋ですが、これは「再興」とも呼べるものでした。

遡ること26年前の明治40年(1907)1月、友綱部屋の関脇だった海山太郎は二枚鑑札で5代二所ノ関を襲名、明治42年(1909)1月に現役を引退すると独立して二所ノ関部屋を創設します。当初の二所ノ関部屋は稽古土俵もないほどの小部屋で、弟子の育成にはたいへん苦労したようですが、その逆境にもめげずに弟子の玉錦は大関にまで昇進、3連覇も達成して横綱も間近と言われるほどになったのです。

ところが、その玉錦の横綱昇進を見届けることなく5代二所ノ関は胃がんにより昭和6年(1931)6月にこの世を去ってしまいます。これにより二所ノ関部屋は閉鎖となり、弟子たちは粂川部屋へと預けられることになりました。

この粂川部屋への移籍から程なく玉錦は横綱への昇進を果たします。昭和7年(1932)10月のことでした。

再興された二所ノ関部屋

横綱になった玉錦にはまだやり残したことがあります。昭和10年(1935)1月に二枚鑑札で6代二所ノ関を襲名、これによって悲願の二所ノ関部屋再興を果たすのです。この二所ノ関部屋も稽古場に苦労するほどの小部屋でしたが、6代二所ノ関は猛稽古によって急速に部屋を盛り立てて、先代師匠からの弟子だった玉ノ海を関脇に、そして直弟子の佐賀ノ花(のちの大関)を関取にまで育てあげます。しかし、これからという昭和13年(1938)12月に虫垂炎を悪化させてしまい34歳の若さで逝去してしまいました。

その後、師匠の急逝により7代二所ノ関を二枚鑑札で襲名した玉ノ海(関脇)、そして8代二所ノ関の佐賀ノ花(大関)へと部屋は継承されていくのですが、分家独立にも積極的な姿勢だったため二所ノ関一門は多くの部屋で構成されることとなったのです。

衰退していく名門

本家である二所ノ関部屋は横綱・大鵬や大関・大麒麟をはじめ、各時代で名力士を多数輩出しましたが、昭和51年(1976)9月に10代二所ノ関(元関脇・金剛)が部屋を継承する頃になると次第に勢力の衰えが見えはじめます。さらに平成24年(2012)10月に10代が脳梗塞で倒れたことによって部屋の経営が困難になってしまいました。

松ヶ根部屋から「新生」二所ノ関部屋へ

こうして幾多の名力士を輩出してきた「名門」二所ノ関部屋は閉鎖されることになり、その受け入れ先は同門である松ヶ根部屋になりました。10代二所ノ関と年寄2人に裏方は平成25年(2013)1月28日に松ヶ根部屋へと移籍、これによって旧二所ノ関部屋は正式に閉鎖されます。因みに所属していた3人の力士はこの時に引退してしまいました。

その後、平成26年(2014)11月24日に片男波部屋から18代放駒(元関脇・玉乃島)と、二所ノ関の名跡を継いでいた11代二所ノ関(元前頭8・玉力道)が移籍して松ヶ根部屋所属となり、12月1日に9代松ヶ根と11代二所ノ関が名跡を交換、同日付で部屋の名称を二所ノ関へと改称しました。これが現在の二所ノ関部屋になるのです。

二所ノ関一門は部屋の立地によって両国系と阿佐ヶ谷系との2つに大別されますが、本家は両国系でした。それに対して、現部屋の前身である松ヶ根部屋は阿佐ヶ谷系に分別されます。つまり、両国系だった「二所ノ関」の名跡は、阿佐ヶ谷系へと渡ったわけです。

二所ノ関部屋の系図

二所ノ関部屋の成り立ちを図にしてみました。 二所ノ関部屋・相関図

二所ノ関部屋の小結

松鳳山 裕也

松鳳山 裕也(しょうほうざん ゆうや)は福岡県 築上郡築上町出身、二所ノ関部屋の力士で最高位は小結。令和2年11月場所の番付は西 十両2枚目。

椎田中学時代に身体の大きさを見込まれて野球部から柔道部へと転身。さらにその体格の良さを見込まれて隣県の大分県立宇佐産業科学高校相撲部の真砂監督から誘いを受け、相撲へと転身した。

高校2、3年次に出場した選抜高校相撲宇佐大会では共に菊次(琴奨菊)に敗れてベスト8。大学は駒澤大学へと進学して数々の大会で優秀な成績をおさめていた。この活躍により松ヶ根親方(元大関・若嶋津)から声をかけられた松谷は入門を決意し、松ヶ根部屋の門を叩いた。

入門から約4年の平成22年5月場所で新十両へと昇進、順調にみえたが大相撲野球賭博問題で野球賭博に関与していたことが発覚して2場所の出場停止処分を受けた。一時は引退も考えたがお世話になった方々への恩返しのために心を入れ替えて稽古に精進、謹慎明けの平成13年1月場所を西幕下51枚目で迎えた松谷は7戦全勝で幕下優勝、さらに翌5月技量審査場所でも幕下全勝優勝をあげて十両復帰を決める。
平成23年11月で新入幕、四股名を松鳳山へと改めた。気迫のこもった激しい相撲と土俵下での笑顔が魅力。

四股名
松鳳山 裕也(しょうほうざん ゆうや)
最高位
小結
最新番付
西 十両2枚目
出身地
福岡県 築上郡築上町
本名
松谷 裕也
生年月日
昭和59年(1984)2月9日(36歳)
出身高校
宇佐産業科学高校
出身大学
駒沢大学
所属部屋
松ヶ根⇒二所ノ関部屋
改名歴
松谷⇒松鳳山
初土俵
平成18年(2006)3月(22歳1ヵ月)
新十両
平成22年(2010)5月(26歳3ヵ月)
新入幕
平成23年(2011)11月(27歳9ヵ月)
新小結
平成25年(2013)1月(28歳11ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝2回,序二段優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星5個
通算成績
529勝523敗22休/1052出場(勝率:50.3%)
直近7場所
6勝9敗(幕内:38勝52敗)
7場所勝率
41.9%
令2年11月
西 十両2枚目(3枚半降下)
6勝9敗
○●●●●|●●●●○|●○○○○
令2年9月
西 前頭15枚目(3枚降下)
5勝10敗
●●●●●|●●●○○|○●●○○
令2年7月
西 前頭12枚目(4枚半降下)
5勝10敗
●●●●●|○○●●●|●●○□○
令2年3月
東 前頭8枚目(1枚降下)
4勝11敗
●●○●●|●●○●●|●●○●○
令2年1月
東 前頭7枚目(1枚上昇)
7勝8敗
○●○●●|○●○○●|●○●○●
令元年11月
東 前頭8枚目(4枚上昇)
8勝7敗
○●○○●|○●○○●|●○○●●
令元年9月
東 前頭12枚目
9勝6敗
○●●○○|●○○○●|○●○○●

松ヶ根部屋の前頭

春ノ山 竜尚

同期は若の里、隆乃若、旭鷲山に旭天鵬

  • 四股名 :春ノ山 竜尚(はるのやま たつなお)
  • 最高位 :前頭10枚目
  • 年寄名跡:準年寄・春ノ山⇒20代竹縄
  • 出身地 :愛知県豊田市
  • 本 名 :春山 竜尚
  • 生年月日:昭和51年(1976)8月2日
  • 所属部屋:松ヶ根部屋
  • 改名歴 :春山⇒豊毅竜⇒春山⇒春ノ山
  • 初土俵 :平成4年(1992)3月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)11月(24歳3ヵ月)
  • 新入幕 :平成16年(2004)3月(27歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成18年(2006)11月(30歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:426勝410敗52休/834出場(89場所)
  • 生涯勝率:51.0%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:16勝29敗15休(4場所)勝率:35.6%
  • 十両戦歴:213勝218敗19休(30場所)勝率:49.4%

若孜 浩気

明大付属中野中では花田光司と同級生、大学は玉春日や出島とチームメイト

  • 四股名 :若孜 浩気(わかつとむ ひろき)
  • 最高位 :前頭12枚目
  • 出身地 :千葉県市川市 ⇒ 和歌山県和歌山市
  • 本 名 :中尾 浩規
  • 生年月日:昭和48年(1973)2月13日
  • 出身大学:中央大学
  • 所属部屋:松ヶ根部屋
  • 改名歴 :中尾⇒若孜⇒中尾⇒若孜
  • 初土俵 :平成7年(1995)11月・幕下60付出(22歳9ヵ月)
  • 新十両 :平成11年(1999)3月(26歳1ヵ月)
  • 新入幕 :平成13年(2001)5月(28歳3ヵ月)
  • 最終場所:平成18年(2006)7月(33歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:275勝243敗49休/517出場(65場所)
  • 生涯勝率:53.1%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝3回
  • 幕内戦歴:17勝28敗(3場所)勝率:37.8%
  • 十両戦歴:72勝83敗10休(11場所)勝率:46.5%

若光翔 大平

元小結・舞の海の最後の取組相手は若光翔

  • 四股名 :若光翔 大平(わかこうしょう たいへい)
  • 最高位 :前頭14枚目
  • 出身地 :兵庫県西脇市
  • 本 名 :三浦 太平
  • 生年月日:昭和50年(1975)3月4日
  • 所属部屋:松ヶ根部屋
  • 改名歴 :三浦⇒若光翔
  • 初土俵 :平成2年(1990)5月(15歳2ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)1月(24歳10ヵ月)
  • 新入幕 :平成12年(2000)11月(25歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成17年(2005)3月(30歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:415勝400敗16休/814出場(90場所)
  • 生涯勝率:50.9%
  • 優勝等 :幕下同点1回
  • 幕内戦歴:13勝17敗(2場所)勝率:43.3%
  • 十両戦歴:169勝191敗(24場所)勝率:46.9%

松ヶ根部屋の十両

若東龍 秀史

茨城県筑西市出身、松ヶ根部屋の元力士で最高位は十両3枚目。幼い頃から相撲を始めて小学生の頃には全国大会にも出場していた。中学時代には柔道部で茨城県大会優勝など活躍。中学卒業とともに松ヶ根部屋へと入門、平成6年3月場所が初土俵で、同期には亡くなられた13代東関(元幕内・潮丸)がいる。

怪我のため2度も幕下から序二段にまで番付を下げる経験をしたが平成12年5月場所で念願の新十両昇進を果たす。しかし、その後も怪我との戦いは続き十両に定着は出来なかった。それでも平成15年9月場所では三段目全勝優勝をあげるなど絶え間ない努力で再々十両を目指して頑張った。

  • 四股名 :若東龍 秀史(わかとうりゅう ひでふみ)
  • 最高位 :十両3枚目
  • 出身地 :茨城県筑西市
  • 本 名 :野寺 秀史
  • 生年月日:昭和53年(1978)7月27日
  • 所属部屋:松ヶ根部屋
  • 改名歴 :野寺⇒若豊龍⇒野寺⇒若東龍⇒野寺
  • 初土俵 :平成6年(1994)3月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)5月(21歳10ヵ月)
  • 最終場所:平成18年(2006)1月(27歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:260勝186敗107休/443出場(72場所)
  • 生涯勝率:58.3%
  • 優勝等 :幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
  • 十両戦歴:40勝41敗24休(7場所)勝率:49.4%

一山本 大生

一山本 大生(いちやまもと だいき)は北海道 岩内郡岩内町出身、二所ノ関部屋の力士で最高位は十両6枚目。令和2年11月場所の番付は西 幕下8枚目。

町役場勤務から一転、力士への夢を追って二所ノ関部屋へと入門。この入門は、平成28年(2016)9月に新弟子の年齢規定が従来の23歳未満から改正、「相撲など各競技で実績がある」と理事会が認めた場合には、付出資格が無くとも25歳まで受検可能となったことが後押し。同制度の適用第1号力士。令和元年7月場所にて新十両昇進

四股名
一山本 大生(いちやまもと だいき)
最高位
十両6枚目
最新番付
西 幕下8枚目
出身地
北海道 岩内郡岩内町
本名
山本 大生
生年月日
平成5年(1993)10月1日(27歳)
出身高校
北海道大野農業高校
出身大学
中央大学
所属部屋
二所ノ関部屋
初土俵
平成29年(2017)1月(23歳3ヵ月)
新十両
令和1年(2019)7月(25歳9ヵ月)
新入幕
()
優勝
序ノ口優勝1回
通算成績
103勝55敗20休/157出場(勝率:65.6%)
直近7場所
19勝9敗7休(十両:9勝8敗13休)
7場所勝率
63.6%
令2年11月
西 幕下8枚目(5枚上昇)
5勝2敗
-○-○●|--○-○|-○●--
令2年9月
西 幕下13枚目(15枚上昇)
4勝3敗
-○●--|●○--○|-●○--
令2年7月
西 幕下28枚目(17枚上昇)
5勝2敗
-○-○○|-○-○-|●-●--
令2年3月
西 幕下45枚目(40枚降下)
5勝2敗
○-●-●|--○-○|-○-○-
令2年1月
西 幕下5枚目(13枚降下)
0勝0敗7休
ややややや|ややややや|ややややや
令元年11月
西 十両6枚目(2枚半上昇・最高位更新)
0勝2敗13休
●■ややや|ややややや|ややややや
令元年9月
東 十両9枚目
9勝6敗
●●●○●|●○○○○|●○○○○

松ヶ根~二所ノ関親方の経歴

鹿児島県熊毛郡中種子町出身、二子山部屋の元力士で最高位は大関。褐色の肌と精悍な顔立ちで人気だった「南海の黒豹」。引退後は松ヶ根部屋を興し、のちに二所ノ関部屋へと看板を掛け替えた。

  • 12代・二所ノ関 六男
  • 四股名 :若嶋津 六男(わかしまづ むつお)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:9代松ヶ根12代二所ノ関
  • 出身地 :鹿児島県熊毛郡中種子町
  • 本 名 :日高 六男
  • 生年月日:昭和32年(1957)1月12日(63歳)
  • 所属部屋:二子山部屋
  • 改名歴 :日高⇒若島津⇒若嶋津
  • 初土俵 :昭和50年(1975)3月(18歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和55年(1980)3月(23歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和56年(1981)1月(24歳0ヵ月)
  • 新三役 :昭和57年(1982)3月(25歳2ヵ月)
  • 新大関 :昭和58年(1983)1月(26歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和62年(1987)7月(30歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:515勝330敗21休/840出場(75場所)
  • 生涯勝率:60.9%
  • 優勝等 :幕内優勝2回(次点6),十両優勝1回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞2回,技能賞3回,金星2個
  • 幕内戦歴:356勝219敗13休(40場所)勝率:61.9%
  •   大関:250勝145敗13休(28場所)勝率:63.3%
  •   関脇:39勝21敗(4場所)勝率:65.0%
  •   小結:10勝5敗(1場所)勝率:66.7%
  •   前頭:57勝48敗(7場所)勝率:54.3%
  • 十両戦歴:44勝30敗1休(5場所)勝率:59.5%

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