福岡県出身の歴代力士一覧|過去から現在までの全関取と優勝・三賞記録

福岡出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する福岡県の大相撲力士まとめ!この記事では福岡出身の関取を中心に、福岡の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の福岡出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

7月場所9日目の取組結果はこちら。


7月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

スポンサーリンク

福岡出身の優勝力士

福岡県出身 歴代幕内優勝力士一覧

福岡県出身では、これまでに3人の力士が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて7回になります。

最多優勝は魁皇で5回の幕内優勝を達成しています。

福岡県出身初の優勝力士は沖ッ海で、いまから94年3ヶ月前の昭和7年(1932年)3月場所のことでした。

また、直近の福岡県出身優勝力士は琴奨菊で、いまから10年5ヶ月前の平成28年(2016年)1月場所です。

場所年月四股名番付成績年齢部屋出身地最高位備考
平成28年1月
(2016年)
H28.1
2016
琴奨菊
[初]
東大関14勝1敗31歳11ヶ月佐渡ヶ嶽福岡県大関
栃東以来10年ぶりの日本出身力士の優勝
平成16年9月
(2004年)
H16.9
2004
魁皇
[5回目]
東大関13勝2敗32歳2ヶ月友綱福岡県大関
平成15年7月
(2003年)
H15.7
2003
魁皇
[4回目]
東大関12勝3敗30歳11ヶ月友綱福岡県大関
平成13年7月
(2001年)
H13.7
2001
魁皇
[3回目]
東大関13勝2敗28歳11ヶ月友綱福岡県大関
平成13年3月
(2001年)
H13.3
2001
魁皇
[2回目]
東大関13勝2敗28歳8ヶ月友綱福岡県大関
平成12年5月
(2000年)
H12.5
2000
魁皇
[初]
西小結14勝1敗27歳9ヶ月友綱福岡県大関
沖ッ海以来68年ぶりの福岡出身優勝
昭和7年3月
(1932年)
S7.3
1932
沖ッ海
[初]
西小結9勝1敗21歳9ヶ月若藤福岡県関脇
福岡出身力士初の優勝
21歳10ヵ月での幕内優勝は、当時史上2位の最年少記録

福岡県出身 幕内優勝回数ランキング

福岡県出身力士の幕内優勝回数ランキングです。1位が魁皇で5回、2位が琴奨菊と沖ッ海の2人で1回ずつとなっています。

スポンサーリンク

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位魁皇大関5回401065勝10敗.867友綱福岡県
2位琴奨菊大関1回100014勝1敗.933佐渡ヶ嶽福岡県
2位沖ッ海関脇1回0109勝1敗.900若藤福岡県

福岡出身の三賞受賞力士

福岡県出身 歴代三賞受賞力士一覧

福岡県出身では、これまでに7人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて35回になります。

受賞の内訳は、技能賞が6回、殊勲賞が17回、敢闘賞が12回となっています。

また、ダブル受賞は魁皇と琴奨菊が1回ずつ達成しています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
部屋 出身地 初土俵 生年月日
平成30年5月
(2018年)
H30.5
(2018)
東前頭2東前頭2松鳳山殊勲賞 [初]8勝7敗34歳3ヶ月二所ノ関福岡県平成18年3月
(2006年)
昭和59年2月9日
(1984年)
平成27年11月
(2015年)
H27.11
(2015)
西前頭10西前頭10松鳳山敢闘賞 [3回目]12勝3敗31歳9ヶ月二所ノ関福岡県平成18年3月
(2006年)
昭和59年2月9日
(1984年)
平成25年9月
(2013年)
H25.9
(2013)
東前頭筆頭東前頭筆頭松鳳山敢闘賞 [2回目]8勝7敗29歳7ヶ月松ヶ根福岡県平成18年3月
(2006年)
昭和59年2月9日
(1984年)
平成24年11月
(2012年)
H24.11
(2012)
東前頭2東前頭2松鳳山敢闘賞 [初]10勝5敗28歳9ヶ月松ヶ根福岡県平成18年3月
(2006年)
昭和59年2月9日
(1984年)
平成23年9月
(2011年)
H23.9
(2011)
東関脇東関脇琴奨菊
ダブル
殊勲賞 [3回目]12勝3敗27歳7ヶ月佐渡ヶ嶽福岡県平成14年1月
(2002年)
昭和59年1月30日
(1984年)
技能賞 [4回目]
平成23年7月
(2011年)
H23.7
(2011)
東関脇東関脇琴奨菊殊勲賞 [2回目]11勝4敗27歳5ヶ月佐渡ヶ嶽福岡県平成14年1月
(2002年)
昭和59年1月30日
(1984年)
平成23年1月
(2011年)
H23.1
(2011)
西関脇西関脇琴奨菊技能賞 [3回目]11勝4敗26歳11ヶ月佐渡ヶ嶽福岡県平成14年1月
(2002年)
昭和59年1月30日
(1984年)
平成20年3月
(2008年)
H20.3
(2008)
西関脇西関脇琴奨菊殊勲賞 [初]8勝7敗24歳1ヶ月佐渡ヶ嶽福岡県平成14年1月
(2002年)
昭和59年1月30日
(1984年)
平成19年11月
(2007年)
H19.11
(2007)
西小結西小結琴奨菊技能賞 [2回目]9勝6敗23歳9ヶ月佐渡ヶ嶽福岡県平成14年1月
(2002年)
昭和59年1月30日
(1984年)
平成18年11月
(2006年)
H18.11
(2006)
東前頭2東前頭2琴奨菊技能賞 [初]10勝5敗22歳9ヶ月佐渡ヶ嶽福岡県平成14年1月
(2002年)
昭和59年1月30日
(1984年)
平成12年7月
(2000年)
H12.7
(2000)
東関脇東関脇魁皇殊勲賞 [10回目]11勝4敗27歳11ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成12年5月
(2000年)
H12.5
(2000)
西小結西小結魁皇
ダブル
敢闘賞 [5回目]14勝1敗
優勝
27歳9ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
殊勲賞 [9回目]
平成11年11月
(1999年)
H11.11
(1999)
東関脇東関脇魁皇敢闘賞 [4回目]11勝4敗27歳3ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成11年5月
(1999年)
H11.5
(1999)
西関脇西関脇魁皇敢闘賞 [3回目]12勝3敗26歳9ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成10年3月
(1998年)
H10.3
(1998)
西小結西小結魁皇殊勲賞 [8回目]8勝7敗25歳7ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成9年3月
(1997年)
H9.3
(1997)
東前頭筆頭東前頭筆頭魁皇殊勲賞 [7回目]12勝3敗24歳7ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成8年11月
(1996年)
H8.11
(1996)
西関脇西関脇魁皇敢闘賞 [2回目]11勝4敗24歳4ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成8年7月
(1996年)
H8.7
(1996)
東関脇東関脇魁皇殊勲賞 [6回目]10勝5敗23歳11ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成8年5月
(1996年)
H8.5
(1996)
西関脇西関脇魁皇殊勲賞 [5回目]11勝4敗23歳10ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成8年1月
(1996年)
H8.1
(1996)
東関脇東関脇魁皇殊勲賞 [4回目]10勝5敗23歳5ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成7年11月
(1995年)
H7.11
(1995)
東関脇東関脇魁皇敢闘賞 [初]9勝6敗23歳4ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成7年9月
(1995年)
H7.9
(1995)
西関脇西関脇魁皇殊勲賞 [3回目]11勝4敗23歳2ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成7年1月
(1995年)
H7.1
(1995)
東関脇東関脇魁皇殊勲賞 [2回目]8勝7敗22歳5ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成6年3月
(1994年)
H6.3
(1994)
西前頭筆頭西前頭筆頭魁皇殊勲賞 [初]9勝6敗21歳8ヶ月友綱福岡県昭和63年3月
(1988年)
昭和47年7月24日
(1972年)
平成元年3月
(1989年)
H1.3
(1989)
東前頭14東前頭14益荒雄敢闘賞 [2回目]10勝5敗27歳8ヶ月押尾川福岡県昭和54年3月
(1979年)
昭和36年6月27日
(1961年)
昭和62年5月
(1987年)
S62.5
(1987)
東小結東小結益荒雄殊勲賞 [2回目]10勝5敗25歳10ヶ月押尾川福岡県昭和54年3月
(1979年)
昭和36年6月27日
(1961年)
昭和62年3月
(1987年)
S62.3
(1987)
東小結東小結益荒雄殊勲賞 [初]9勝6敗25歳8ヶ月押尾川福岡県昭和54年3月
(1979年)
昭和36年6月27日
(1961年)
昭和62年1月
(1987年)
S62.1
(1987)
東前頭4東前頭4益荒雄技能賞 [初]8勝7敗25歳6ヶ月押尾川福岡県昭和54年3月
(1979年)
昭和36年6月27日
(1961年)
昭和61年11月
(1986年)
S61.11
(1986)
西前頭13西前頭13益荒雄敢闘賞 [初]11勝4敗25歳4ヶ月押尾川福岡県昭和54年3月
(1979年)
昭和36年6月27日
(1961年)
昭和57年11月
(1982年)
S57.11
(1982)
西前頭8西前頭8大潮敢闘賞 [初]10勝5敗34歳10ヶ月時津風福岡県昭和37年1月
(1962年)
昭和23年1月4日
(1948年)
昭和52年11月
(1977年)
S52.11
(1977)
東前頭3東前頭3大潮技能賞 [初]9勝6敗29歳10ヶ月時津風福岡県昭和37年1月
(1962年)
昭和23年1月4日
(1948年)
昭和40年1月
(1965年)
S40.1
(1965)
西前頭13西前頭13若杉山敢闘賞 [初]12勝3敗32歳0ヶ月時津風福岡県昭和28年3月
(1953年)
昭和8年1月24日
(1933年)
昭和26年5月
(1951年)
S26.5
(1951)
西前頭2西前頭2若葉山殊勲賞 [初]8勝7敗28歳6ヶ月時津風福岡県昭和17年1月
(1942年)
大正11年11月9日
(1922年)

福岡県出身 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が魁皇で15回(殊勲賞10回・敢闘賞5回)、2位が琴奨菊で7回(殊勲賞3回・技能賞4回)、3位が益荒雄で5回(殊勲賞2回・技能賞1回・敢闘賞2回)となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

スポンサーリンク
順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 魁皇 15回 0 10 5 大関 友綱 福岡県
2位 琴奨菊 7回 4 3 0 大関 佐渡ヶ嶽 福岡県
3位 益荒雄 5回 1 2 2 関脇 押尾川 福岡県
4位 松鳳山 4回 0 1 3 小結 二所ノ関 福岡県
5位 大潮 2回 1 0 1 小結 時津風 福岡県
6位 若葉山 1回 0 1 0 小結 時津風 福岡県
6位 若杉山 1回 0 0 1 前頭筆頭 時津風 福岡県
スポンサーリンク

福岡県出身力士を検索

文字サイズ:
Sponsored

福岡県出身の最高位:小結

若葉山 貞雄

若葉山 貞雄(わかばやま さだお)埼玉県北足立郡(現・さいたま市)出身、双葉山 → 時津風部屋の元力士で、最高位は小結

昭和17年(1942)1月場所に19歳2ヶ月で初土俵を踏み、昭和36年(1961)1月場所を最後に引退(38歳2ヶ月)。

通算成績は413勝466敗6休1分879出場。生涯勝率.470。通算66場所中、30場所を勝ち越した(勝ち越し率.462)。

主な成績は十両優勝1回殊勲賞1回,金星4個

本名は岩平 貞雄→青山 貞雄。大正11年(1922)11月9日生まれ。平成13年(2001)1月17日逝去(享年78歳)。

スポンサーリンク

生まれは中華民国の北京市。幼い頃に生き別れとなった両親を探すために日本行きを目指し、それには力士になるのが近道と考えていた。その頃、朝鮮巡業で双葉山一行が京城を訪れており、京城の呉服店で働いていた岩平(本名)は、双葉山に弟子入りを志願、入門が叶った。

昭和17(1942)年1月場所で双葉山相撲道場の力士として初土俵を踏む。序ノ口から順調に番付を上げていき昭和21(1946)年11月場所で新十両昇進、その場所で十両優勝をあげて翌昭和22(1947)年6月場所で新入幕を果たした。

新入幕まで本名の「岩平」で土俵に上がり続けていた。これは生き別れになった両親を探すためであり、この四股名に気づいてくれたらとの想いがあってのことだった。本名のままでの幕内力士は初とのこと。

幕内2場所目を迎えるにあたり、北京の後援関係者から「満寿山」という四股名はどうかとの話があった。12代・時津風(元横綱・双葉山)は“戦争で負けたのに満寿山では駄目だ”と代わりに「若葉山」という四股名を提案。これを岩平は受けた。

「若葉山」という四股名は、戦前の二十山部屋の関脇・双葉山鐘が名乗っていたもので、引退後に10代・錣山を襲名、二十山部屋閉鎖後は時津風部屋(当初は双葉山相撲道場)で後進の指導にあたっていた。この10代・錣山の四股名を受け継いだかたちとなった。

スポンサーリンク

小兵ながら速い突っ張りからの右差しと、小股掬いや蹴手繰り、内無双に下手捻りなど多彩な技を繰り出して相手を翻弄する取り口が得意であり、なかでも足取りが見事で「足取り名人」と評された。

前頭2枚目で迎えた昭和26(1951)年5月場所では照國と東富士の両横綱を破っての金星など活躍をみせて殊勲賞を獲得、翌場所で新小結昇進を果たす。

その新小結場所は6勝9敗と負け越して1場所で小結陥落。以降は平幕から十両で昭和36(1961)年1月場所の引退まで長く関取の座で土俵を沸かせた。

引退後は12代・錣山として後進の指導にあたり、昭和46(1971)年には13代・立田川(元横綱・鏡里)の分家独立に同行して立田川部屋に移籍した。

孫は荒汐部屋の若隆元、若元春、若隆景の3兄弟。

スポンサーリンク

四股名
若葉山 貞雄(わかばやま さだお)
最高位
小結
年寄名跡
12代錣山 貞雄
出身地
福岡県八女市 → 埼玉県北足立郡(現・さいたま市)
本名
岩平 貞雄→青山 貞雄
生年月日
大正11年(1922)11月9日
没年月日
平成13年(2001)1月17日(享年78歳)
所属部屋
双葉山 → 時津風部屋
改名歴
岩平 貞雄 → 若葉山 貞雄
初土俵
昭和17年(1942)1月 前相撲(19歳2ヶ月)
新十両
昭和21年(1946)11月(所要9場所)
23歳11ヶ月(初土俵から4年10ヶ月)
新入幕
昭和22年(1947)6月(所要10場所)
24歳6ヶ月(初土俵から5年5ヶ月)
新小結
昭和26年(1951)9月(所要22場所)
28歳10ヶ月(初土俵から9年8ヶ月)
最終場所
昭和36年(1961)1月(38歳2ヶ月)
大相撲歴
66場所(19年0ヶ月)
通算成績
413勝466敗6休1分879出場(勝率.470)
通算66場所
勝ち越し30場所(勝ち越し率.462)
優勝等
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,金星4個
幕内戦歴
326勝383敗6休1分709出場(勝率.460)
在位49場所(在位率.742)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.408)
小結戦歴
6勝9敗0休15出場(勝率.400)
在位1場所(在位率.015)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
320勝374敗6休1分694出場(勝率.461)
在位48場所(在位率.727)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.417)
十両戦歴
49勝69敗0休118出場(勝率.415)
在位8場所(在位率.121)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.375)
関取戦歴
375勝452敗6休1分827出場(勝率.453)
在位57場所(在位率.864)
勝ち越し23場所(勝ち越し率.404)
幕下以下歴
38勝14敗0休52出場(勝率.731)
在位8場所(在位率.121)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)


時錦 恒則

のちの改名時「出釈迦山」にしたかったが番付に間違えて書かれて「四釈迦山」に

  • 四股名 :時錦 恒則(ときにしき つねのり)
  • 最高位 :小結
  • 出身地 :福岡県糟屋郡新宮町
  • 本 名 :小林 恒則
  • 生年月日:昭和6年(1931)2月13日
  • 所属部屋:時津風部屋
  • 改名歴 :小林⇒時錦⇒四釈迦山
  • 初土俵 :昭和24年(1949)5月(18歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和29年(1954)9月(23歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和31年(1956)1月(24歳11ヵ月)
  • 新三役 :昭和33年(1958)3月(27歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和38年(1963)5月(32歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:445勝448敗25休/892出場(65場所)
  • 生涯勝率:49.8%
  • 優勝等 :三段目優勝1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:136勝146敗18休(20場所)勝率:48.2%
  •   小結:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  •   前頭:132勝135敗18休(19場所)勝率:49.4%
  • 十両戦歴:188勝210敗7休(27場所)勝率:47.2%

大潮 憲司

福岡県北九州市八幡東区出身、時津風部屋の元力士で最高位は小結。十両と幕内の往復が激しく入幕13回という最多記録を持つ。小結にまで昇ったあと足の怪我で一時は幕下まで番付を下げたが、堅実な努力で幕内復帰を果たす。通算出場1891回は大相撲史上1位の記録。

  • 四股名 :大潮 憲司(おおしお けんじ)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:13代錣山⇒8代式秀
  • 出身地 :福岡県北九州市八幡東区
  • 本 名 :波多野 兼二
  • 生年月日:昭和23年(1948)1月4日
  • 所属部屋:時津風部屋
  • 改名歴 :波多野⇒大潮
  • 初土俵 :昭和37年(1962)1月(14歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和44年(1969)11月(21歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和46年(1971)9月(23歳8ヵ月)
  • 新三役 :昭和53年(1978)1月(30歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和63年(1988)1月(40歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:964勝929敗32休/1891出場(157場所)
  • 生涯勝率:50.9%
  • 優勝等 :十両優勝3回(同点2)
  • 成 績 :敢闘賞1回,技能賞1回,金星3個
  • 幕内戦歴:335勝413敗17休(51場所)勝率:44.8%
  •   小結:3勝12敗(1場所)勝率:20.0%
  •   前頭:332勝401敗17休(50場所)勝率:45.3%
  • 十両戦歴:436勝359敗15休(55場所)勝率:54.8%

玉輝山 正則

玉輝山 正則(たまきやま まさのり)福岡県前原市出身、片男波部屋の元力士で、最高位は小結

昭和39年(1964)5月場所に13歳0ヶ月で初土俵を踏み、昭和59年(1984)3月場所を最後に引退(32歳10ヶ月)。

通算成績は652勝655敗15休1305出場。生涯勝率.499。通算120場所中、64場所を勝ち越した(勝ち越し率.542)。

スポンサーリンク

主な成績は十両優勝2回幕下優勝1回

昭和26年(1951)4月29日生まれ。本名は萩尾 正則。

13歳で初土俵を踏み、兄弟子である玉の海の稽古で相撲を磨いた。その相撲ぶりや体付きから「玉の海2世」と期待された玉輝山は昭和46年(1971)9月場所で新十両昇進を果たす。

新十両場所を勝ち越して、兄弟子に少しでも恩返しができたと思った矢先、なんと場所後にその玉の海が急逝してしまう。このショックは大きく、しばらくは十両と幕下を往復して出世が遅れた。

弟弟子・玉ノ富士が躍進し始めるとようやく奮起をみせ昭和49年(1974)5月場所に新入幕、昭和54年(1979)7月場所には所要91場所で新小結昇進を遂げた。

スポンサーリンク

四股名
玉輝山 正則(たまきやま まさのり)
最高位
小結
年寄名跡
16代北陣 正則
出身地
福岡県前原市
本名
萩尾 正則
生年月日
昭和26年(1951)4月29日
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉輝山 正則
初土俵
昭和39年(1964)5月 前相撲(13歳0ヶ月)
新十両
昭和46年(1971)9月(所要44場所)
20歳4ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
新入幕
昭和49年(1974)5月(所要60場所)
23歳0ヶ月(初土俵から10年0ヶ月)
新小結
昭和54年(1979)7月(所要91場所)
28歳2ヶ月(初土俵から15年2ヶ月)
最終場所
昭和59年(1984)3月(32歳10ヶ月)
大相撲歴
120場所(19年10ヶ月)
通算成績
652勝655敗15休1305出場(勝率.499)
通算120場所
勝ち越し64場所(勝ち越し率.542)
優勝等
十両優勝2回幕下優勝1回
幕内戦歴
153勝195敗12休347出場(勝率.440)
在位24場所(在位率.200)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.417)
小結戦歴
4勝11敗0休15出場(勝率.267)
在位1場所(在位率.008)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
149勝184敗12休332出場(勝率.447)
在位23場所(在位率.192)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.435)
十両戦歴
283勝284敗3休566出場(勝率.499)
在位38場所(在位率.317)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.474)
関取戦歴
436勝479敗15休913出場(勝率.477)
在位62場所(在位率.517)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.452)
幕下以下歴
216勝176敗0休392出場(勝率.551)
在位56場所(在位率.467)
勝ち越し36場所(勝ち越し率.643)


前乃臻 康夫

福岡県嘉穂郡筑穂町出身、高田川部屋の元力士で最高位は小結。引退後の山響時代に失踪し解雇処分を受けた。

  • 四股名 :前乃臻 康夫(まえのしん やすお)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:16代山響
  • 出身地 :福岡県嘉穂郡筑穂町
  • 本 名 :沢辺 康夫
  • 生年月日:昭和36年(1961)4月17日
  • 所属部屋:高田川部屋
  • 改名歴 :前の海⇒沢辺⇒前乃臻⇒前乃森
  • 初土俵 :昭和52年(1977)3月(15歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和59年(1984)1月(22歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和60年(1985)11月(24歳7ヵ月)
  • 新三役 :昭和62年(1987)9月(26歳5ヵ月)
  • 最終場所:平成2年(1990)3月(28歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:412勝407敗7休/819出場(79場所)
  • 生涯勝率:50.3%
  • 優勝等 :幕下同点1回
  • 幕内戦歴:62勝88敗(10場所)勝率:41.3%
  •   小結:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  •   前頭:58勝77敗(9場所)勝率:43.0%
  • 十両戦歴:188勝187敗(25場所)勝率:50.1%

松鳳山 裕也

松鳳山 裕也(しょうほうざん ゆうや)福岡県築上郡築上町出身、松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋の元力士で、最高位は小結

平成18年(2006)3月場所に22歳1ヶ月で初土俵を踏み、令和4年(2022)5月場所を最後に引退(38歳3ヶ月)(※番付上は令和4年7月場所が最後)

通算成績は582勝605敗22休1187出場。生涯勝率.490。通算96場所中、47場所を勝ち越した(勝ち越し率.495)。

主な成績は幕内次点1回,十両優勝1回幕下優勝2回(同点1),序二段優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星5個

スポンサーリンク

昭和59年(1984)2月9日生まれ。本名は松谷 裕也。

椎田中学時代に身体の大きさを見込まれて野球部から柔道部へと転身。さらにその体格の良さを見込まれて隣県の大分県立宇佐産業科学高校相撲部の真砂監督から誘いを受け、相撲へと転身した。

高校2、3年次に出場した選抜高校相撲宇佐大会では共に菊次(琴奨菊)に敗れてベスト8。大学は駒澤大学へと進学して数々の大会で優秀な成績をおさめていた。この活躍により当時の松ヶ根親方(元大関・若嶋津)から声をかけられた松谷は入門を決意し、松ヶ根部屋の門を叩いた。

入門から約4年の平成22年5月場所で新十両へと昇進、順調にみえたが大相撲野球賭博問題で野球賭博に関与していたことが発覚して2場所の出場停止処分を受けた。一時は引退も考えたがお世話になった方々への恩返しのために心を入れ替えて稽古に精進、謹慎明けの平成13年1月場所を西幕下51枚目で迎えた松谷は7戦全勝で幕下優勝、さらに翌5月技量審査場所でも幕下全勝優勝をあげて十両復帰を決める。

平成23年11月で新入幕、四股名を松鳳山へと改めた。気迫のこもった激しい相撲と土俵下での笑顔が魅力だった。

スポンサーリンク

四股名
松鳳山 裕也(しょうほうざん ゆうや)
最高位
小結
出身地
福岡県築上郡築上町
本名
松谷 裕也
生年月日
昭和59年(1984)2月9日
出身高校
宇佐産業科学高校
出身大学
駒澤大学
所属部屋
松ヶ根~二所ノ関~放駒部屋
改名歴
松谷 裕也 → 松鳳山 裕也
初土俵
平成18年(2006)3月 前相撲(22歳1ヶ月)
新十両
平成22年(2010)5月(所要25場所)
26歳3ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
新入幕
平成23年(2011)11月(所要33場所)
27歳9ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
新小結
平成25年(2013)1月(所要40場所)
28歳11ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
最終場所
令和4年(2022)5月(38歳3ヶ月)※番付上は令和4年7月場所
大相撲歴
96場所(16年2ヶ月)
通算成績
582勝605敗22休1187出場(勝率.490)
通算96場所
勝ち越し47場所(勝ち越し率.495)(勝ち越し星157)
優勝等
幕内次点1回,十両優勝1回幕下優勝2回(同点1),序二段優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞3回,金星5個
持給金
131円50銭(勝ち越し星157個 金星5個)
幕内戦歴
350勝415敗0休765出場(勝率.458)
在位51場所(在位率.531)
勝ち越し23場所(勝ち越し率.451)
小結戦歴
23勝52敗0休75出場(勝率.307)
在位5場所(在位率.052)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
327勝363敗0休690出場(勝率.474)
在位46場所(在位率.479)
勝ち越し23場所(勝ち越し率.500)
十両戦歴
114勝126敗15休240出場(勝率.475)
在位17場所(在位率.177)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.353)
関取戦歴
464勝541敗15休1005出場(勝率.462)
在位68場所(在位率.708)
勝ち越し29場所(勝ち越し率.426)
幕下以下歴
118勝64敗7休182出場(勝率.648)
在位27場所(在位率.281)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.667)


福岡県出身の最高位:前頭

若杉山 豊一

一時は炭鉱で働くも20歳で初土俵を踏んだ

  • 四股名 :若杉山 豊一(わかすぎやま とよいち)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 出身地 :福岡県糟屋郡志免町
  • 本 名 :熊本 豊一
  • 生年月日:昭和8年(1933)1月24日
  • 没年月日:平成11年(1999)11月4日(享年66歳)
  • 所属部屋:時津風部屋
  • 改名歴 :熊本⇒若杉山
  • 初土俵 :昭和28年(1953)3月(20歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和33年(1958)3月(25歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和34年(1959)3月(26歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和42年(1967)5月(34歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:496勝495敗4休/989出場(77場所)
  • 生涯勝率:50.1%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:128勝187敗(21場所)勝率:40.6%
  • 十両戦歴:267勝239敗4休(34場所)勝率:52.8%

豊ノ海 真二

大関・貴ノ花の内弟子として二子山部屋に入門、藤島部屋の独立に同行した。200キロを超える巨体の持ち主

  • 四股名 :豊ノ海 真二(とよのうみ しんじ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:18代山響
  • 出身地 :福岡県豊前市
  • 本 名 :濱田 真二
  • 生年月日:昭和40年(1965)9月22日
  • 所属部屋:二子山⇒藤島⇒二子山部屋
  • 改名歴 :濱田⇒浜田⇒貴ノ浜⇒貴乃濱⇒貴ノ浜⇒豊ノ海
  • 初土俵 :昭和56年(1981)3月(15歳6ヵ月)
  • 新十両 :昭和62年(1987)9月(22歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和63年(1988)11月(23歳2ヵ月)
  • 最終場所:平成11年(1999)3月(33歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:655勝661敗/1316出場(109場所)
  • 生涯勝率:49.8%
  • 優勝等 :十両優勝2回,幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:209勝241敗(30場所)勝率:46.4%
  • 十両戦歴:301勝299敗(40場所)勝率:50.2%

琴春日 桂吾

八百長問題で引退勧告を受けた

  • 四股名 :琴春日 桂吾(ことかすが けいご)
  • 最高位 :前頭7枚目
  • 出身地 :福岡県春日市
  • 本 名 :山田 桂吾
  • 生年月日:昭和52年(1977)8月25日
  • 所属部屋:佐渡ヶ嶽部屋
  • 改名歴 :琴ノ山⇒琴春日
  • 初土俵 :平成5年(1993)3月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :平成16年(2004)11月(27歳3ヵ月)
  • 新入幕 :平成20年(2008)5月(30歳9ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(33歳9ヵ月)
  • 生涯戦歴:491勝457敗9休/947出場(108場所)
  • 生涯勝率:51.8%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:26勝34敗(4場所)勝率:43.3%
  • 十両戦歴:159勝170敗1休(22場所)勝率:48.3%

栃乃藤 達之

栃乃藤 達之 (とちのふじ たつゆき)福岡県糸島郡志摩町出身、春日野部屋の元力士で、最高位は前頭11枚目

昭和60年(1985)3月場所に15歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成12年(2000)11月場所を最後に引退(31歳0ヶ月)※番付上は平成13年(2001)1月場所

スポンサーリンク

通算成績は414勝387敗17休799出場。生涯勝率.518。通算95場所中、59場所を勝ち越した(勝ち越し率.628)。

主な成績は幕下優勝1回

昭和44年(1969)11月15日生まれ。本名は草野 達之。

重い腰とがっしりとした体格を活かした重量感のある突き押し相撲で幕内を務め、その愛嬌ある姿からファンや力士仲間に親しまれた栃乃藤は、不屈の闘志で長く土俵に立ち続けた力士である。引退後は若者頭に就任し、日本相撲協会に残る道を選んだ。

スポンサーリンク

春日野部屋への入門と四股名の変遷

福岡県糸島郡志摩町(現在の糸島市)に生まれ、中学校卒業後に春日野部屋へ入門。昭和60年(1985年)3月場所において本名の「草野」で初土俵を踏んだ。

序ノ口から地道に番付を上げていき、昭和62年(1987年)1月場所で「栃ノ藤」へ改名。さらに平成元年(1989年)1月場所より、「栃乃藤」へと四股名を改名した。

十両突破と新入幕

持ち前の恵まれた体格を生かした突き押し相撲で着実に地力を蓄え、初土俵から約7年となる平成4年(1992年)7月場所において新十両へ昇進し、念願の関取の座を掴んだ。

十両昇進後はさらに勢いを増し、わずか4場所で十両を通過して平成5年(1993年)3月場所において新入幕を果たした。幕内の土俵では苦戦を強いられて在位は2場所にとどまったが、そのがっしりとした大きな体型から、元関脇・寺尾に「タンス」というユニークなあだ名を付けられるなど、周囲から広く親しまれた。

幕下優勝と若者頭への就任

幕内から陥落した後も、故障を抱えながら十両や幕下で長く土俵を務め続けた。東幕下26枚目で迎えた平成10年(1998年)3月場所では、7戦全勝の好成績を挙げて自身唯一となる幕下優勝を飾っている。

スポンサーリンク

その後も不屈の闘志で相撲を取り続けたが、平成12年(2000年)11月場所後、兄弟子である元十両・栃天晃が若者頭への就任を辞退したことに伴い、代わりに栃乃藤が抜擢されることとなった。これにより、西幕下25枚目の地位にあった平成13年(2001年)1月場所の番付に名前を残したまま、同年1月1日付で現役を引退して若者頭へと転身し、協会の業務にあたっている。

四股名
栃乃藤 達之 (とちのふじ たつゆき)
最高位
前頭11枚目
出身地
福岡県糸島郡志摩町
本名
草野 達之
生年月日
昭和44年(1969)11月15日
所属部屋
春日野部屋
改名歴
草野 達之 → 栃ノ藤 達之 → 栃乃藤 達之
初土俵
昭和60年(1985)3月 前相撲(15歳4ヶ月)
新十両
平成4年(1992)7月(所要44場所)
22歳8ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
新入幕
平成5年(1993)3月(所要48場所)
23歳4ヶ月(初土俵から8年0ヶ月)
最終場所
平成12年(2000)11月場所(31歳0ヶ月)※番付上は平成13年(2001)1月場所
大相撲歴
95場所(15年8ヶ月)
通算成績
414勝387敗17休799出場(勝率.518)
通算95場所
勝ち越し59場所(勝ち越し率.628)(勝ち越し星134)
優勝等
幕下優勝1回
持給金
70円(勝ち越し星134個)
幕内戦歴
12勝18敗0休30出場(勝率.400)
在位2場所(在位率.021)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
前頭戦歴
12勝18敗0休30出場(勝率.400)
在位2場所(在位率.021)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
十両戦歴
121勝143敗6休262出場(勝率.462)
在位18場所(在位率.189)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
133勝161敗6休292出場(勝率.455)
在位20場所(在位率.211)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.500)
幕下以下歴
281勝226敗11休507出場(勝率.554)
在位74場所(在位率.779)
勝ち越し49場所(勝ち越し率.662)

栃乃藤 達之の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(106回 / 38.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(99回 / 36.3%)
  • ✅ 得意な相手:前進山(7勝1敗 / 勝率.875)
  • ✅ 苦手な相手:富風(0勝6敗 / 勝率.000)

他の番付を見る

福岡出身力士の最新情報はこちら

ここまでは過去から現在までの福岡出身の主な力士をご紹介してきましたが、福岡出身の現役力士の最新番付や成績を知りたい方の為に最適な記事もご用意しています。相撲観戦と予習におススメです!

出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

大相撲用語について知りたい方は大相撲大事典をご活用ください。

スポンサーリンク

決まり手の解説記事へのリンクは、以下の一覧ページをご覧ください。

おすすめの記事をご紹介

ここからは当サイトのおすすめ記事をご紹介します。

ネットでの大相撲観戦といえばAbemaTV!「AbemaTV」での視聴方法について解説しています。序ノ口から結びの一番まで完全無料生中継!ぜひ確認してみてください。

当サイトのいろんな記事へのリンクをまとめたナビゲーションページです。

スポンサーリンク

コメントはお気軽にどうぞ

※当サイトは個人が運営するサイトであり、日本相撲協会及び、各相撲部屋とは関連がないことをご了承ください。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。※当サイトは個人が運営するサイトです。